石油減耗時代の社会は地域化・食料自給化が基礎

日本政府は環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の協議開始を閣議決定した。それに伴い、農産物自由化に関して、TPP参加を支持する立場からの議論も多い。
日本の農業は「産業ではなく文化」といった訳のわからないことをいう農学者がいる。正気であろうか。農業を冒涜し、文化を侮辱していると思う。農業と文化の関係、農業と科学の関係もわかろうとしまい。意識は、農業と市場経済ということだろうか。
TPP参加の支持者はほぼすべて、石油減耗時代の農業について、何も言及しないので、その影響を危惧する。
 よって、ここに、石油減耗時代の社会は地域化であること、そして農業は生態循環型であるとの私見を述べる。ご意見、コメントをいただければ幸甚である。
迫り来る石油減耗時代への基本認識として
IEAが公式に認めたように、2006年に石油ピークに至り、現在プラトーである。石油価格は高騰している。早ければ、2012年にも石油生産の減耗が始まり、油田の性質から減耗率は、年を追って大きくなっていく。
一方、発展国・途上国の経済成長が著しく、このままでは石油の需給ギャップが急激に乖離していく。先進国での石油代替への切り替えは、石油減耗の到来に、殆ど間に合わない様相である。
市場経済の指標であるGDPの増減は、石油消費量の増減と相関している。来る石油減耗の時代には、世界を単一市場にしたGDP成長はありえないと考えるべきである。
すでに閉塞したGDP成長を再興するため、先進国のトップセールスによる国家資本主義的なインフラ輸出競争が激化してきた。中でも原子力発電施設の輸出は国家と国民に大きなリスクを伴いうる。TPPも、農産物や工業製品輸出国のGDP安定化の意図によるが、石油減耗とともに不安定化しよう。
なぜなら、石油減耗時代は、市場の国際化から地域化への転換、石油依存の換金農業から生態循環活用による自給農業への転換が、サステナブル社会の基礎になるからである。
石油高騰で経済の国際化から地域化への波
これまで、安い石油が、その流体燃料としての特上の能力によって、ヒト・モノを、地球の反対側までも、長距離を高速移動させた。石油燃料をいくら使っても、速ければビジネスになる”Time is Money”で、石油が世界をひとつの文明に統合した(globalization)。
しかし、安い石油時代が終わった今日、Distance is Money(J.Robin:エコノミスト)と言われ出した。例えば、航空会社では損益分岐を支配する費目は、すでに人件費でなく燃料費(石油価格)であり、商船もそうであろう。製鉄産業もそのようである。日本の自動車メーカーも海外大需要国で地産地消化が進んでいるが、賃金が安いだけではなかろう。
石油減耗の時代には、農産物に限らず、移動距離、すなわち輸送燃料費の大小が、原材料、製品の価格競争力を支配するようになる。そのため、経済活動の地域化(Localization)へ転換することが経済合理性である。
石油減耗時代の日本は内需と食糧自給の時代
 日本は島国である。電気鉄道で国際輸送できない国である。その分、石油燃料の使用制約が進むにつれて列島内地域化への圧力が強く働こう。鎖国を望むわけではないが、石油減耗以降の日本の流通範囲は、世界全体から日本列島(日本国)が主へと地域化へ向かい、経済は内需型になる。
文明の永続に、永続的な食糧自給が欠かせない。それは古来からの数々の文明の盛衰が教えている。1年でも食糧飢饉になると国は不安定になる。石油減耗時代、島国日本の礎は国内で食料自給することにある。もちろん余剰の食糧は他の文明圏に供給可能である。  
工業製品は、これまでの国際化により、それぞれの文明圏で同等なモノが作れるようになってきている。日本のGDP、国際競争力、大学教育研究力の世界ランキングは降下の一途である。世界の日本への期待、日本依存も弱まってこよう。
農作物も、コメの例のように、各国農業者の努力で生産物の品質格差が小さくなってきた。石油減耗時代になっても、世界の人口爆発はしばらく続く勢いである。穀物輸出国では石油依存による土壌劣化、水の不足化が著しく、安全な食糧生産は世界的不足になろう。すでに中国が食料輸入国になった。
即ち、日本の工業製品の外需収益が、50年、100年にわたって永続する保証は全くない。「工業製品の外需の収益で食料輸入する」構図、そして「高級な野菜・果樹・花卉の輸出で穀類を輸入する」構図も、石油減耗の進行によって、急速に成り立たなくなると考えるべきである。
石油減耗時代は生態循環農業への回帰
石油依存による工業的農業は、農地からトンボ、カエル、タニシ、ミミズ、土中微生物などの多くを追い出し、土壌養分再生の生態循環を破壊し、合わせて人体生理に安全といえない食料を供給している。食の安全は、有機栽培、さらに自然栽培への回帰が要件である。この動きは肥料の石油依存から、土壌養分の生態循環型農業への転換の動きである。
日本は米国のような大プレーリー、オランダのような大干拓地のある大規模農地が拓ける国土ではない。長い脊梁山脈から海岸線へ下る河川流域が農業地である。そのかたちは扇状地、沖積地、山の傾斜地(段々畑)と多様で、まさに島国「日本型農地」である。
石油時代は、平坦地での大規模農場は、換金目的の工業的農業ができた。石油不足になったら、大規模農場は何に代替させるのだろうか。石油減耗の時代は、日本型地形の農地の方が有利である。山(森林)から流域を経て海浜に至る区域が、生態循環で土壌養分を永続的に田畑に供給できる”バイオリージョン”ユニットを形成できるからである。
石油依存農業は、地形的に、生態的につながっていた、山地と田畑と海浜を切り離してしまい、その利用が一体的でなくなった。その結果、山の森林は荒廃、海浜の喪失し、養分の生態循環システムは破壊され、さらに地山地水機能も劣化してきた。
生態循環農業で食料自給は可能か

 もったいない学会GDH・食料問題研究会では、現在の日本の農地面積とコメ生産性で、国民1億2千万人のカロリー自給が可能かどうか、大局的に試算した。その結果、コメだけでは無理で、甘藷栽培による補給が必要ということになった。タンパク質、脂肪、ミネラルも必要である。
では、どうしたらよいのか。辿り着いたのが、久宗壮氏が実践によって証明し、普及に努めた「立体農業」である。農地解放後、5反程度の自作農家が豊かに生きる農法の確立であった。丈のある穀樹を植えて、その下に一年野菜を栽培する。田んぼには鯉も飼う。適量の肉牛、乳牛、さらにブタ、ニワトリを飼い、その廃棄物、糞尿を活用する。キノコ栽培もする。余剰の農産物、畜産品、加工品は、市場に提供して換金する。このように山、農地、屋敷地を多様に有効利用し、生態循環、自然循環を維持するのが立体農業であると理解している。
 カロリー源にはコメ、甘藷、さらにいろいろな穀樹の実がある。立体農業によって、他の栄養源も豊かに採れる。自給して有り余るものと推測される。
このような農家は、50年ほど前、日本のどこにでもあった。そのような農村は、食料の心配もなく、文化的にも豊かであった。モノを大切に使った。Time is Moneyではなかったが、Heart is Money だったと思う。しかし、石油の使い方を間違えたこれまでの政策によって、その多くの農村が、若者が減少し、限界村になろうとしている。
 
石油減耗の入口に差し掛かった現在、日本がこれからの何世紀にも亘って豊かさを維持する道は、先ずは経済の地域化である。地域主権の下で地域の自給力と創富力を推進する「緑の分権改革」は、比較的優れた政策ツールだと思う。そして日本の国土の特徴を生かした、生態循環を土台にした立体農業に、早く立ち返ることだと考える。なお、石油減耗時代のエネルギーは、石油等の化石資源を大事に末長く使いながら、地域にある水、森林、土壌、風、太陽等の自然エネルギーと畜力を、適切に組み合わせて使うこと、さらに、エネルギーを出来るだけ節約できるような、心豊かなライフスタイル、コミュニティスタイルを工夫していくことになると考える。

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