農業の再生に思う(訂正版)

農業の再生に思う
大久保綾子
 
過日のAPECの折には、外国のお客さま方が日本食を大変「おいしい」と褒めて下さり、菅首相はいたく感激したという。
TPP参加への意欲、それに伴う農業の再生、「開国」という言葉が宙を舞いながら、「世界に乗り遅れた」日本の活路を国民に示唆している。
そのシナリオの中で、「おいしいコメ」は志ある優能な生産者によって大いに生産され、輸出品目として外貨を稼ぐ産業となる。
菅首相のこのような政治感覚は、一般庶民である私にはどうにも理解に苦しむ。
私の論理はこうだ。そのような「おいしいコメ」は外国に出すな、一部のお金持ちや外国の食卓に供するために農家は汗水垂らし地にしがみついているのではないわい、「鎖国」じゃ。と、いきなり、最右翼、国粋主義者へと豹変する。
 
豹変ついでに話題を変える。 
日本人は桜を好む。私の住む岐阜県郡上市白鳥町にも沢山の桜が植えられている。
「義民桜」もその一つだ。           
白鳥インターを下りたあたりの沿道に数十本植えられている。みな若木だ。その1本1本に郡上一揆の犠牲者の名前が付けられ、寄進者の名も記されている。
郡上一揆は宝暦5年(1755年)より数年続いた郡上一円を巻き込む農民一揆である。映画化もされ詳しい人も多いと思うので解説はしないが、驚くのは、この地方の人々が、250年も前の先祖の獲得した農民の抵抗運動を誇りとし、現在の自分たちの血脈として持ち続けていることだ。
町民の多くは直系でなくても、この宝暦義民の末裔という誇りを他所のものに対し持っている。あの家は「立ち百姓」だ「寝百姓」という会話がひょっとした場面にでてくる。前者は一揆に「参加したもの」後者は「参加しなかったもの」という意味だ。同様に「立村(たてむら)」「寝村(ねむら)」ということばも生きている。
半年前に来たばかりの私がどう逆立ちしても、同じになれない世界である。
 

先週、飛騨山中、海抜
760メートルの御母衣湖に出かけた。荘川の流れを堰きとめてできた人造湖だ。春は桜、秋は紅葉の名所でもある。すでに紅葉の盛りは過ぎ、湖畔の道路に車はまばらだが、湖面に映る紅葉はまだまだ見ごたえがある。
湖が切れたところで突如、巨大な瓦礫の山が出現する。
日本一を誇るロックフィルダムダム、御母衣ダムだ。高さ131メートル。古代の遺跡のように破砕された岩の断片がむきだしになっている。これが今通過してきたばかりの御母衣湖の水37万k㎥を支えている。コンクリートダムしか知らなかった私は、魁偉とも言えるその姿に圧倒される。
だが実を言うと1週間前、私は馬瀬川流域でもう一つロックフィルダムを見ている。
岩屋ダムだ。

凄いダムだと畏れを抱きながらも、まだ紅葉の景観の方に目が奪われていた。
しかし御母衣ダムを見た瞬間、急に知識欲が芽生え資料館に入ることにした。
館内にはダムに使われている石と同じものが展示されている。
工法はいたってシンプルで、付近の山を粉砕し運んできた岩石はそのままざっくりと積み上げられる。セメントは使用しない。しかし、城郭を造る石組の工法とも違う。側面に据えた幾砲もの装置から鉄砲水のように水が噴射される。その水圧よって積み上げられた岩の表面が均(なら)され、あとは自重によって沈み込み岩が隙間なく接着していくのだという。
着工より約3年半、昭和361月運転開始。出力21.5万キロワット。総工費415.26億円。
当然、先祖伝来の土地を捨て他所に移らなければならなかった村民の抵抗は苛烈だったに違いない。激しい抵抗運動を繰り広げたと記録にもある。そんなさ中、湖底に沈もうとする樹齢450年を経た2本の老桜を救おうと立ち上がった者がいた。それに共鳴する多くの人々が手を差し伸べた。電源開発初代総裁も先頭に立った。巨額の費用を投じ、村民も開発側も一つになり、ついに移植は成功した。そのことは、『荘川桜物語』として語り継がれている。
今、湖畔に移された桜は葉も落ち、人影はないが、まるで500年前からそこにあったかのように枝を張っている。

帰る道すがらもう一度あのロックフィルダムを思い起こした、飛騨の圧倒的山塊に対し、対等に己の存在を誇示していた。
450歳の老桜とロックフィルダムの出会い。
この二つのものは、「人間は自然を破壊する存在」「人間は自然より小さな存在」という観念を打ち砕くに十分な人間の偉業である。
御母衣ダムの上流にはまだ2つのダムがある。近年、低公害・低コストの発電としてロックフィルダムは注目されているが、もはやそれを作る場所がないという。使える流域はすべて使い尽くした、あとは小水力発電だけだと職員は説明してくれた。
この地方の近代の歴史はダム建設にあったと思える。そのたびに山は破壊され、村は湖底に沈んだ。
その人間の所業を「よし」と許容できるものは何であろう。農民が先祖からの土地を捨てることを最後に納得させたものは何であったのか。
 
長良川を挟んでどっかりと山、また山、谷あいの集落。そのすべては旅人には寛容ではあるが、そこに住む人間には硬質であることに気付く。
政府が農業改革の旗印を揚げることに水を差すつもりはない。改革には当然リスクがある。
だが農業の立役者は「人間」と「自然」だ。そのどちらも「お上」の描くシナリオ通りに働いてくれない頑固者だ。
「おいしいコメ」に関するウマイ話の先に見える「修正」「見直し」の文字が、国民の目に「ウソツキ」「売国奴」という文字に変換されないことを祈るだけである。
「荘川桜」がなぜ美しいのか、なぜ現代人が「義民桜」を植えるのか掘り下げる必要がある。
 
 
 
白鳥町前谷 村にある白山神社。脇には1丈ほどの石碑が建ち、右はその解説である。
それぞれの村ではこのような拝殿を持ち、夏には各所で拝殿おどりが行われる。

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