石油ピーク後、どれがまともな社会像か(3)

持続可能な社会・低エネルギー化社会

持続可能な社会(サステナブル社会)とは、「現代の世代が将来の世代の利益や要求を充足する能力を損なわない範囲内で環境を利用し、要求を満たしていこうとする理念」に基づく社会とされている。これは、日本の提案によって設けられた国連「環境と開発に関する世界委員会」(ブルントラント委員会)が1987年に発行した最終報告書“Our Common Future”(邦題『地球の未来を守るために』)の中で表現されている。このときから広く認知され、日本の環境基本法の思想にとりいれられている。日本社会の現状はともかく、日本は世界の先端をいく社会理念つくりに貢献してきたのは確かである。

上述の分かりにくい言い回しの表現を変えると、「モノの循環型社会だけでなく、地球の生態系の多様性が健全で、将来の世代にも引き継がれていく社会」となる。国際機関「開発のための農業科学技術国際評価(IAASTD)」の2008年報告によると、「工業的で大規模農業」は、安い石油に依存し過ぎている点、生態系に悪影響を与えている点、水を大量に利用する点で、もはや持続不可能であるとされている。

農業での論点は、社会の論点でもある。石油等の化石燃料やウランに頼らない社会、これ以上、自然を破壊せず、自然を修復し、自然の循環と共生していく社会、将来世代に脅威や負担を残さない社会、それがサステナブル社会である。放射性廃棄物の処理を将来世代に押し付けたり、工業的な大規模太陽光発電を各地に建設することも、サステナブルの理念と相容れないと考える。

安い石油が減耗する石油ピーク後のサステナブル社会は、石油に依存する二次エネルギーの利用や産業・交通に依存できない。非在来型のオイルサンド、シェールガスがあるというが、これはEPRが低いので高価であり、そして生産地の自然破壊とそれに伴う地域生活に危険をもたらしているエネルギー資源である。少なくとも農業、あるいは食料自給に使えないので、文明を支える基盤エネルギーに原理的になりえない。

21世紀の後半には、文明を支える基盤エネルギーとして枯渇型のエネルギーとそれに依存する二次エネルギーが使えなくなると予見される。文明のエネルギーは、最終的に、自然の生態循環と自然の再生可能なエネルギー資源に落ち着く。

自然から収奪したエネルギー・資源に依存するのではなく、自然が循環してくれるエネルギーが基盤エネルギーとなる、それしかなくなる。したがって、文明の表現としては、現代社会と対比して「低エネルギー文明」になる。利欲のために自然を支配する論理ではなく、自然の性質を学び、自然と共生する論理、心の持ち方に、戻ることが決定的に重要である。

その上で、未だ、石油、他の化石燃料などが使える間に、それらを大切に使いながら、文明崩壊の悲劇を避け、低エネルギー文明に平和的に移行していくこと、それが、今現在、進めるべきことである。

日本の環境基本法は、サステナブル社会の論理を取り入れた世界で第一級の法律である。日本の為政者、有識者は、この法律を遵守して、石油ピーク後の日本社会の建設のリーダーの役割をまっとうすべきである。

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