「自然と共生」の低エネルギー文明創りにおける武士道の価値

1.武士道の形成と新渡戸による執筆

武士道は、封建時代に生きる武士が積年に形作った不文不言の精神で、江戸時代に体系化され、武士を超えて民衆に影響を与え、「日本精神」として定着しました。その源流は、平安末期に遡り、一騎打ちに勝利し、武名・家名を高めるための武士の生存術にあったと思います。

江戸時代になって武士は戦闘者ではなくなりましたが、士農工商身分制のトップとして為政の位置にある武士階級として、その倫理観、価値基準の根本をなす思想として体系化されていきました。

明治維新後の文明開化による西洋化によって武士道思想が急速に失われていきましたが、キリスト者の新渡戸稲造は、騎士道、キリスト教、その他の宗教と対比して武士道の内容を整理し1900年に米国で、著書名 ‘BushidoThe Soil of Japan’ として発行しました。その動機は、米国に滞在して、その拝金主義や人種差別に衝撃を受けたことによるとのことです。日本語訳は1908年に出版されました。

 

2.武士道の核心と背景

新渡戸稲造は、「武士道精神とは勇猛果敢なフェアプレー精神」と表現しています。そして、厳しく自制し、下位の者に仁慈を、敵には憐みをかけ、私欲を忌み、公正を尊び、富貴よりも名誉を重んじるという、非常に高邁な思想です。

武士道の道徳律は「義、勇、仁、名誉、礼、誠、忠」で表現されています。

「義」とは「自分の身の処し方を道理に従ってためらわずに決断する力」と、林子平が定義しています。義は人の道であって、武士道思想の根幹をなすものです。「仁」はトップの持つべき至高の徳であって、人間の魂のもつ性質の中で最も気高いものとされています。

「礼」は、義・仁、すなわちその人の「決断と慈悲」が形として現れる「品性」と解することができます。「義、勇、仁、名誉」は、世界宗教の示す道徳と共通性を有しているといわれています。その上に日本独自の「礼、誠、忠」が加わったのが武士道です。

武士道が高邁な思想として成立した背景には、士農工商の身分制によって権力と金力を制度的に分離していたことにあると思います。そして身分制の安定と武士道の醸成が相乗的に作用して、江戸文明の質を創られていったように思います。

 3.武士道の文明的価値 

「武士道」書の第一章「武士道とはなにか」の最初の見出しは、「高き身分の者に伴う義務」です。義とは「人の倫」です。よって義務とは「人の倫を務める」ことです。新渡戸稲造がフランス語のノブレス・オブリージュに相当する言葉で、「リーダーの高邁な義務」が武士道精神の根幹であるとして、これを冒頭で表現したのだと思います。

なぜか。ひとつは、拝金と差別が横行する米国社会に欠けていることに対する、高邁な精神の提示だと思います。もう一つは、幕末に欧米人に評価の高かった江戸社会の醸成が武士道に因るとの認識だったと思います。

江戸幕府の確固たる政治目標は、「限られた資源を生かして泰平社会を創る」ことでした。武士階級はそれを断固として実行する担い手です。「高き徳あるべき最上位」の武士が士農工商と階級内の身分構造の中で、その地位に恥じずに、勇猛果敢にフェアプレーに徹せねばなりません。武士がその義務を全うする過程で、身と魂でもって築いてきた人倫精神が、武士道ということができます。

石油文明は、早晩終焉します。石油文明で囚われた利欲から自身を解放して自然と共生の低エネルギー文明を創造するプロセスは、地域市民主権の民主主義の土台の上で、高邁な武士道の精神文化に還ることと考えます。日本の地で石油文明から次の文明へ転換するには、武士道ルネッサンスが必要だと考えます。

 

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