目指す農産物生産はスイスにあり:ジュネーブ便り8

スイスのマーケットに行くと、「BIO」のマークが付いている商品がたくさんあります。このマークは、厳しい基準をクリアした有機栽培農産物に与えられたものです。そのためこのマーク付の農産物は通常の価格よりかなり高めです。同じものでも値段が違うので、ついつい安い方を買ってしまいます。しかしたくさんの「BIO」マーク付商品が置いてあるということは、買う人も多いということでしょう。
 
スイスの農業は、スイス連邦憲法にも定められているように、環境にやさしい安全な食糧を生産し、景観の保護を目的としています。家畜の飼育に関しても、スイスは世界で最も早く規定を設けた国であります。1992年以降、鶏を狭いケージに閉じ込めて飼育することは禁止されており、家畜のえさに抗生物質やホルモン製剤を添加することも禁止されています。つまりスイスは自然農法の先駆者であります。
 
 
スイスには2つの大きな農産物の市場を担う企業があります。その2つとはミグロとコープです。多くの農家は生産物をどちらかの企業へ出荷しています。私は買い物のほとんどをこのミグロとコープですませていますし、他のスイス在住の方も私と変わらないと思います。消費者から見ると、一般の市場の価格、品質を決めているのは実質この2大企業ということになります。
 
ミグロは1925年に、5台の改造トラックでの訪問販売からスタートし、スイス国内に約600の店舗という現在の地位を確立しました。生産者からの直接仕入れや中間コストの削減、自社ブランド製品の開発、広告宣伝費を掛けすぎないなど、日本のスーパーマーケットが現在やっていることの先駆けをしました。スイスの生産者、消費者のことを第一に考えるという高い理想を貫き、小売業者からの妨害など様々な困難を乗り越えて今日の成功につながりました。
 
環境問題にも熱心で、30年以上前から、取り組んでいます。低農薬・有機栽培の推進、簡易包装、包装材へのライフサイクルアセスメントの導入、省エネ、リサイクルの推進、乾電池のリサイクル工場稼動、フロンを使わない冷蔵システムの店舗開設など、先進的な取り組みを実施しています。現在、ミグロでは、環境と倫理の観点から、基準にあった商品に10種類のラベルをつけて販売しています。
 
まず代表的なのが「M-Bio」ラベルです。M-Bio製品の考え方は、自然で持続可能な環境配慮の農業、動物にあった飼育の牧畜であります。野菜類は、自然で健康な土壌で育ったものであって、土以外の人工的な場所で育てたものは不可です。肉製品は、すべてスイス産で、遺伝子組み替えのまぐさや動物の粉砕物は禁止です。ヨーグルトやクレープなどの加工品は、95%以上が有機栽培の材料であることを条件にしています。
 
「肉の品質保証ラベル」は、スイスで生まれ育った家畜で、信頼のおける肉業者からの肉であること、自由に移動できる、休息所には敷き藁が敷いてある、光と換気が基準を満たしているなどの飼育状況が良好なこと、動物の輸送は、3時間まで、子羊は5時間以内といった移動への配慮がされていることなど様々な基準をクリアしたものだけに与えられるものです。
 
「Max havelaar(第3世界との公正な貿易商品)ラベル」の考え方は、第3世界との搾取しない公正な貿易を進めるため、中間業者を減らし、生産者が生計を立てられるような仕組みを作り、環境に配慮した栽培や生産方法にする、というものです。このマークのついた商品には、コーヒー、紅茶、チョコレート、バナナ、オレンジジュースなどがあります。
 
「IP-SUISSEラベル」は、もっと厳しい基準であります。穀物やナタネの栽培には、すべての殺菌、殺虫剤の使用が禁止されており、じゃがいもでは、葉や茎の除去に薬品を使ってはいけない、保存庫で発芽抑制のために化学的な方法を使ってはいけないなど、様々な条件があります。
 
その他に、持続可能な漁業のため乱獲を避ける目的のMarine Stewardship Council (MSC)という団体のマーク、網にイルカが入って死ぬことがないような方法でマグロ漁をしているという「イルカ保護ラベル」、第3世界からの花の輸入に対する基準である「Florissimo Jauneラベル」、持続可能な森林の保護をめざす「森林保護協議会ラベル」、鉢植えや切花などの基準である「Mioplant Naturaラベル」、布製品のためのアレルギーに影響を与える物質の使用禁止などの基準である「ECOラベル」があります。
 
もう一つのコープですが、1993年に、スイスで最大の有機栽培供給者になりました。
 
「Naturaplanラベル」は、ミグロのM-Bioラベル同様、有機栽培の製品や、よい飼育環境で育った動物の肉や卵であるなどの基準です。コープのホームページには、畑や鶏の飼育されている場所のライブカメラがあり、誰でも見られるようになっているそうです。
 
その他ミグロ同様、布製品や化粧品の「Naturalineラベル」、花や植物などの「Oecoplanラベル」、Max havelaarの基準に従った「Cooperationラベル」があります。
 
この他の基準の例としては以下があります。
・溶剤を含まないペンキやニス 
・電気や水の消費量が少ない製品
・100%リサイクルのプラスチック製品 
 
輸送法や輸送距離も考慮に入れており、鮮度の良いもの、季節のものを尊重しています。同等の品質と輸送の条件を備えていれば、ヨーロッパ製品も認められますが、この基準の下では近場で採れたスイス製品が絶対的に優位です。
 
つまりスイスのBIOマークの基準とは、自然にある多様な生物環境を利用して、無農薬で化学肥料は使わず、遺伝子工学も使わずに栽培、飼育し、不必要な着色や香料添加もしないで、輸送にエネルギーを使わず、できるだけ新鮮な旬の農産物であること、ということです。様々な微生物や虫がいる畑、土を耕してくれるミミズ、自然な受粉を手伝ってくれる蝶や蜂が棲んでいる畑、様々な植物の生える畑で健康で安全な植物を育てようという考えです。このように、スイスでは農業を保護すると同時に、生産方法が厳しく規定されています。価格を下げることよりも、安全性が優先です。そのために価格も上昇します。
 
スイスではワイン造りが盛んです。特に白ワインが美味しいです。写真はレマン湖北西岸に広がるラヴォ―地域のブドウ畑です。世界遺産にも登録されています。夏の強い陽光、斜面を利用し、ブドウを育て、上等なワインを生産しています。しかしスイスワインのほとんどが国内で消費するため、海外への輸出はあまりありません。
 
ここにも「BIOワイン」があります。その基準は、化学肥料や農薬、除草剤は一切使わずにぶどうを栽培し、醸造では一般に使用されている培養酵母ではなく、天然酵母主体で発酵し、基本的に酸化防止剤を使用せず、濾過をなるべく控える、というものです。
 
一般ワインの場合、発酵させる過程で、ワインの酸化を防ぐと同時に酵母の活動を抑える目的で、イオウ化合物などの酸化防止剤が広く使われています。無添加ワインは、酸化防止剤を全く添加しないもので、その意味でBIOワインは無添加ワインではないものの、それに近いものであります。しかし日本が輸入しているワインは、輸入の規定により酸化防止剤が入っており、スイス製輸入BIOワインでも酸化防止剤は入っているそうです。
 
しかし、流通による化石資源をできるだけ使わず、また自然を守ろうという努力にも拘わらず、近隣農業大国のドイツ、フランス、イタリアなどEU諸国からの農産物流通の圧力により徐々に国境緩和が進み、農産物価格は下がり始めています。スイス国内の農産物は国の制度で価格を保護されてきているのですが、国境を挟んで隣の町ではスイス国内の半額ほどで同様の農産物が販売されているのが現状です。このため農産物価格が低下し、さらに農業所得が減少し、離農も進んでいるとのことです。
 
それでも、ミグロのように、流通、販売を担当する企業はスイスの生産者、消費者のことを第一に考えます。市民は自然の大切さを知っており、その精神が市民が築き上げた民主国家、スイスの憲法にも表れているのです。この精神がある限り、スイス市民は高い「BIO」マーク付商品を買い、スイスの農業は維持され、環境も維持され、さらには自然を生かした観光業も発展していくのだと思います。我々が目指す農産物生産はスイスにあり、です。

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