原子力発電は石油インフラの上でしか成り立たない

原発を動かしているエネルギー は何か

原子力発電は、石油、石炭、天然ガス、電力のエネルギーが揃って初めて成立するビッグシステムである。通常、原発とは、ウラン235の崩壊熱による高温水蒸気がタービンを回して発電する、化石燃料の代替エネルギーのように思われているが、あるいは思わせようとしているが、これは誤りである。

天野治氏によると(日本原子力学会誌、Vol.48,No.10(2006))、100万kWの原子力発電所建設に要するエネルギー(単位:Tcal)は、合計967.4で、内訳は電力209.6、石炭625.5、石油132.4としている。これには建設資材の製造、プラント建設、輸送のすべてが含まれている。なお、電力の製造には、国によって異なるが、米国などでは安価な国内石炭火力が多用されている。  

石油が使えなくなったら、他のエネルギーで代替できるかどうか

原発建設の主な資材の製造に必要なエネルギー種は、石油、石炭、電力の3つまたは、その中の2つであるが、その多い順に並べると、セメントは石油>電力>石炭、コンクリートは石油>石炭>電力、板ガラスは石油>電力、銅は石油>電力>石炭、鉄鋼は石炭>電力、アルミは電力>石油である。製造に石油を必要としない資材もあるが、多くの資材にとって、質の高い石油が他に替え難く不可欠であることを語っている。

原子力発電の運転において、石炭>電力>石油の順に、投入エネルギーが必要であると聞いて驚く者が少なくないと思われる。原子力発電所の定期検査が毎年、行われる。原子炉を止めて開放し、燃料検査し、1次冷却材系統漏えい検査等を行う。その際において、これらのエネルギーが必要とのことである(天野治氏談)。

詳細は専門家の説明が待たれるが、止めた原子炉の代用に高温高圧蒸気を製造する等のため、石油6.6、石炭31.3、電力10.5(ともにTcal)が必要とされ、ここでも、質の高い石油を石炭、電力で置き換えることができないものと、容易に推定される。    

原発に石油は所謂「レアアース」のように不可欠

さらに、石油が絶対に必要な工程として、ウラン採掘、輸送がある。削岩、ボーリング、現場重機運転、イエローケーキの船舶輸送などに、液体燃料の石油は、相対的に非常に少量だが、レアアースのように、欠かせない。尚、最もエネルギーを食う六フッ化ウランの濃縮は電力だけで良いが、その一時エネルギーには安価な石炭火力が多用されている。  

廃炉、高レベル廃棄物の地下処分について、これまでは、殆どエネルギーがかからないかのように軽く扱われている。それでも、原子力発電所建設に必要とされる10分の1の量の石油、石炭、電力が必要だと読み取れる。10万年のオーダーで人類はおろか、地球生態に遺伝的に影響する放射能廃棄物処理を全く安全に行うには、リスクに対する対応や修復を考慮すると、こんな少量のエネルギーで済ませられるはずがない。  

石油インフラですら原発を制御できない

福島第一原発のレベル7事故で、地域社会と自然環境に、広域に亘って放射能被害を与えている。これを石油文明の使用するエネルギーでもって修復することが不可能であることは周知のとおりである。セシウム、プルトニウム等の半減期の何倍もの長い期間にわたって、石油、石炭の減耗期間をはるかに超えて、自然の治癒力に依存するしかない。

100万kWの原子力発電所の運転に、年間、約30トンのウラン燃料が必要される。その採掘場では合わせて240万トンの残土、13万トンの鉱滓(低レベル放射性廃棄物)が排出され、環境汚染、放射能被害を起こしているという。これまでのウラン採掘で野ざらしにされている残土は17億トンに達するといわれている。

容積にして、山手線内の約500mの厚さで積み上げた量である。石油文明といえども、金がかかるとの理由でこれらを安全に処理できない。人形峠のウラン残土も30年以上にわたって放置され続けている。その間、河川や水田を汚染した。  

原発は石油文明の産物、石油なき時代に存続できない

電気は安くなければ、文明社会を支えるエネルギーにならない。原子力発電は、石油文明のエネルギー資源から生まれた。しかし、石油と石炭が安く使えなければ、文明を支える電気エネルギーにならない。すなわち、原発は、安い石油インフラの上に成り立ってきた。

しかし、それでも環境破壊、放射能災害に対して、事実上無力なインフラである。 最高品質の石油インフラが完全制御できない原発を制御できる文明インフラはない。劣化資源の非在来型炭化水素資源(オイルサンド、シェールガスなど)で大丈夫だと虚言する者はいまい。

安い石油は早晩、生産減耗時代に突入する。 その石油が経済的に使える間に、原発を廃炉にし、高レベル放射能の最終処分、さらに採掘残土、鉱滓から環境修復することが、石油文明後の民族および人類の子孫に負担を残さない石油文明を享受した時代の者の良心であると思う。

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