石油文明後の低エネルギー社会は国民幸福社会

お断り:ワード中の図表が添付できませんので、記事でご推察ください。申し訳ありません。
図表を含む拙稿は、「石油文明が終る:3.11後、日本はどう備える」(もったいない学会刊)を 
お読みください。

1.石油文明末期の矛盾—— 一億総中流社会から格差社会へ

1979年、ハーバード大学のエズラ.F.ヴォーゲル教授は、“Japan as No.1”を著した。当時、日本の経済成長は著しく、アメリカを追い越す勢いであった。教授は日本型経営の優れた主な特徴として、効率的で品質の高いモノ作り能力、日本型雇用慣行(終身雇用、年功序列賃金、企業別組合)と強い企業意識にあるとし、さらに株主の発言力は弱く、経営者の多くは株主よりも従業員の方を向いているとした。 この頃、国民の大多数は、所得が年々増え、将来不安を覚えず、消費の旺盛な「一億総中流」社会を謳歌した。しかし、経済バブルを起こして破たんした。
やがて市場至上主義と自己責任論のアメリカ型新自由主義グローバリゼーションが日本に台頭した。自由を得た資本がマネー投機で利潤を上げる金融資本主義が台頭し、モノ作りは安い労働力を求めて海外移転、食品は安い海外依存が進んだ。国際競争の下で、財政政策、金融政策は功を奏さずGDPは低迷し、2008年GDPは2000年をわずか10%増に過ぎない。赤字国債残高は、2000年の368兆円が2011年に668兆円に膨らんでいる。
株主は目先の利益を求め、企業経営者は従業員よりも株主の方へ転向した。そして日本型雇用慣行の放棄、正規労働者の非正規化導入による賃金格差が敢行された。労働者の所得は、1997年より年収300万円未満の層、1500万円以上の層が増加する一方、中間所得層は減少に転じた。そして大企業の内部留保金は、170兆円(2001年)から230兆円(2008年)に急増し、労働分配率は、67%(2001年)から63.5%(2006年)に低落した。
ここに日本は、豊かな一億総中流社会から格差社会へと転化し、内需縮小が進んでいる。「勝ち組」、「負け組」のレッテルが公然になり、階層として固定化してきた。表1は雇用格差の実態の一部を示すデータである。

2.石油ピークと新自由主義グロバリゼーションの破たん

新自由主義グロバリゼーションは、石油ピーク到来の時代に、日本社会の安定を壊す3つの重大な事態をもたらした。膨大な赤字国債累積、食料の海外依存、深刻な格差社会化である。
赤字国債の解消は経済成長による税収増で行うのが筋である。しかし、石油文明社会において、石油消費量(生産量とほぼ同じ)のパーセント変化のおおよそ2倍に比例して、世界のGDPが変化していることが知られている(図1)。  
世界の石油生産は、数年以内にピーク期より減耗期に突入して年6%以上の割合で減耗すると予想されている。するとGDPは12%前後の割合で減少する計算になる。石油文明型のGDP成長で税収増を図り赤字国債を縮減・解消しようとの期待は絵空事であり、結局、国民の所得と財産への増税、社会保障の縮減等に依存することになろう。図2は、石油輸入量の対前年伸び率と完全失業者数の増減が逆相関傾向にあることを語っている。すなわち、石油輸入量減少と企業活動の悪化の関係を端的に示している。
格差社会とは富が偏在し、国民のマジョリティが低所得層に転落して購買力の低下だけでなく、生きる活力と幸せを求める要件が失われた社会である。その歪みは、中小企業と農村社会により強く現れている。  
格差化により、ウツ・孤独・サラ金地獄・自殺・犯罪などの社会病理が深刻化している。さらに絆の希薄、家族の分解、未婚男女急増と極端な少子化等、社会の共生と継承の要件が劣化している。そして生涯未婚率は、2010年に男が19.4%、女が9.8%に上昇している。自殺者数は1997年まで年24,000人以下であったが、1998年に一気に31,000人超え、その後、30,000人水準で続いている。また過度の利益追求と効率化のため、限界集落、ホームレス、ネットカフェ難民、買物難民、IT難民、災害時帰宅難民、福島第一原発事故による放射能難民にに見られるような「棄民的な社会病理」が多様に広がっている事態は深刻である。
図3に見るように、雇用形態による賃金カーブの格差化は特に顕著である。年収300万円以下の非正社員・アルバイトが労働人口の半数を超え、さらに低賃金化は進んでおり、急増する生活保護者とともに、結婚できない階層、子供を大学進学できない階層、すなわち固定した下級階層として増加してきている。 このように国民と地域の格差分断、生活水準の低下、社会病理が深刻に広がっている。一方、大資本は留保金の使途目的も明治せず、ステークホルダーへの還元を軽視し、目先の利益にとらわれて円高等を理由に海外脱出する。国際的な競争力や対応力の後退、防災および災害対応能力の衰弱が進行している。日本の国および地域の社会力、すなわち社会を維持し、社会を創り変えていく力が、非常に脆弱になっている

市場至上主義によって「小さい政府」を目指したものの、現状の市場経済社会を継続するには、却って「大きな政府」が必要という事情に陥り、ここに新自由主義グロバリゼーションの破たんを見る。
図4によると、日本経済のGDPは1955年から20世紀末まで、継続して成長してきた。 しかしGPI(持続可能社会の経済指標のこと:後で詳述)の成長は、1970年初頭で止まっている。GDP成長に対して、GPIは低迷しており、社会の真の進歩や幸福に役立たない経済活動の増加を物語っている。21世紀に入って、GDPすら低迷している。GPI低下のデータはないが、現実の「失われた20年」が証明している。新自由主義グロバリゼーショの破たんで、このままでは日本社会の崩壊である。

3.石油減耗期に石油文明型経済の延命はない

 日本の一次エネルギー消費量(2010年)のうち、石油が42%、化石燃料全体で79%、ウランが17%である。石油の42.3%が動力(自動車36%、航空機、船舶、農林水産)、38.2%が熱源(鉱工業13.5%、電力・ガス8.2%、家庭・業務16.5%)、19.5%が化学原料に利用されており、商品は50万品目に及ぶという。
石油を除く化石燃料は概ね熱源利用に限られ、ウランは電力熱源に限られている。動力源として圧倒的に支配的な石油は、日本の経済と生活に隅々にいきわたっている動脈を流れる生き血である。
石油文明の根幹は、安価な石油が動力源としてヒトとモノを迅速に長距離移動させることにあり、それによって、中央集中的な生産と大都市活動を軸とする石油文明の社会構造が機能した。その良質な石油が、間もなく世界的な生産減耗期になると、日本の石油輸入量が激減するだろうし、価格の高騰は確実である。石油減耗期には石油争奪が熾烈になる。

「石油利権」が非常に脆弱な日本はどれだけ輸入できるか危惧されるが、仮に減耗する世界の石油生産量に比例して輸入できるとする。減耗率6%だと2020年には現在の半分量を輸入できるとする。表2は、日本の石油使用量が半減した場合の利用分野の一例である。日本の地勢等を考慮しているつもりである。
石油生産量が減耗期に突入すると、半減するまでもなくモータリゼーションが急速に衰退に向かう。長距離トラック輸送は縮減し、一部は電気鉄道輸送に代替されよう。電気自動車は近距離用である。船舶、航空機に石油は温存利用されるべきだが、運賃高騰が長期利用を制約しよう。
穀類が石油代替にされると、世界的な食料不足はいっそう深刻になり、食料輸入は大幅に制限されよう。よって、早晩、グローバル化した石油依存の社会構造は資源的、経済的に成り立たなくなり、石油文明は終焉に至る。 
無理にグローバル経済でGDP成長を求めても、低下した国際競争力と内需能力喪失の貧困化社会ではすぐに失速する。よって赤字国債の解消不可能であり、格差の進行、幸福環境の劣化、社会力の衰退が、さらに津波のように襲い、石油文明の破滅的終焉を招こう。 石油文明終焉期に、新自由主義グローバリズムの経済社会のかたちで、文明転換することは不可能である。

4.石油文明社会から低エネルギー社会への転換
  
いつから石油減耗時代に突入するのか諸説があるが、米軍筋は2013年と予想しているようである。その石油減耗に影響されない社会創りを早いうちから進めなければならない。なお、良質な石炭と天然ガスも、順次減耗期に至り、2020年以降に、一次エネルギー生産量合計が減耗していくとの予測がある(2007,Paul Chefurka)。ウラン燃料は発電において重油の代替になるだけである。その原発は化石燃料が有って成り立つ二次エネルギーであり、100%安全でも石油減耗とともになくなっていく。よって、石油文明社会に替わって作るべき社会は、原発および化石エネルギーに頼ることのできない低エネルギー社会である。
低エネルギー社会創りのコンセプトは、石油減耗に正しく対応しながら、
①石油文明の負の遺産の解消、
②有限地球に基づいたもったいない思想の普及、
③地産地消型産業への転換を推進して、
④国民が幸せを追求できる福祉社会を構築することである。     
文明の転換期に、市場至上主義の「小さな政府」論では、実行不可能である。血の通った適正規模の政府・自治体による「新しい公共」を活用したボトムアップの低エネルギー社会創り体制が必要である。

5.低エネルギー社会への変革の思想

 社会が変わるとき、変革をリードする思想がある。それには変革の普遍的な思想と、低エネルギー社会創りをリードする思想の両方が必要であり、先哲や歴史から学ぶことができる。
変革にあたって普遍的な考え方として、アインシュタインは多くの言葉を残している。 次の3つは今日、教訓的である。①我々の直面する重要な問題は、その問題を作ったときと同じ考えのレベルで解決することはできない:One cannot alter a condition with the same mind set that created it in the first place. ②私たちはいつか、今より少しは物事を知っているようになるかもしれない。しかし、自然の真の本質を知ることは永遠にないだろう。 ③人間にとって最も大切な努力は、自分の行動の中に、道徳を追求していくことである。
また、ジェームズ・ジョブズが”Stay hungry, Stay foolish”と表現したが、無欲で自由な精神でもって、己の心と直感が示すところを実現する努力が変革の要件だと思う。
3.11東日本大震災・福島第一原発レベル7事故を契機に、日本国民の多くがマインドシフトをしている。「地球の猛威に怖れた、逆らえない。」「贅沢なモノを欲しいと思わなくなった、生活程度を落としても節電してよい、原発はいらない、・・・」。生活の便利さを享受し続けてきた日本人の多くが、自然の畏敬を実感し、地球が人間にとって有限だと認識した。そして「もったいない」という古来からの言葉を噛みしめ、社会のために低エネルギー生活を受け入れる方向へチェンジしている。
2004年ノーベル平和賞を受賞のケニアのワンガリ・マータイ女史は、2005年2月に来日の際に「もったいない」という言葉を知った。女史は「『もったいない』には自然や物に対する敬意の意思が込められている」とし、消費の削減、再使用、再生利用の3Rに、尊敬を加えた4Rの概念を一語で表せる言葉だと理解した。世界に類がない言葉なので、『MOTTAINAI』を世界共通の言葉とする運動を始めた。
広辞苑によると、もったいないとは「①神仏・貴人に対して不都合である。不行き届きである。②過分なことで恐れ多い。かたじけない。ありがたい。③そもそもの値打ちが生かされず無駄になるのが惜しい。」とある。
「もったいない」の意味を、もう少し端的に表現すると、「自然(神)に対して感謝の念が不十分で、足るを知らず、粗末にしているとの反省心の表現」といえる。
よって、真意はその裏表現であって、「もったいない」には、自然に対する畏敬の念、感謝の念が込められている。よって、自然を謙虚に受け止めていた頃、すなわち、縄文の生活文化のなかで醸成されてきた日本人のものの考え方=思想にかかる言葉だと思う。
人間は何に幸せを感じるか。モノやヒト、自然を粗末に扱って幸せを覚える人はいない。便利さも一時的に良いと思うだけで、それ以上のものでない。「モノ、ヒトを大切にした、自然から学んだ、ヒトの役に立てた、ヒトの助けが有り難かった・・・」そのようなとき、もったいないの気持ちが心に染み込み、幸せ感を覚え、元気をもらったと覚えるだと思う。 それはお金で買えないものである。もったいないは、地球有限観の要の思想である。

6.社会の転換と負の遺産の解消

 崩壊していく社会は必ず膨大な負債を残していく。新しい社会を作るにあたって、その負債の処理が必ず必要になってくる。明治新政府、そして太平洋戦争敗戦後の政府もそうであった。低エネルギー社会へ転換する場合もそうだと考える。現在、国債・借入金・政府短期証券、および地方債を合わせた負債がすでに1,200兆円だという。一方、正味個人資産約1,100兆円、企業内留保金約230兆円、外貨準備高約100兆円、および国有財産約107兆円という。しかし年税収は40兆円程度である。国等の負債を平和的に処理するには、個人資産と相殺してはならない。ハイパーインフレで国民をどん底にするわけにいかない。労働と資本の付加価値である企業留保金、外貨準備金、国有財産を、適切に処理・活用して、早期に負債総額の大幅削減が重要である。その上で内需を活性化して税収を増やし、国民信頼の下で長期的に償還するしかないと考える。

7.国民福祉社会が目的

7-1 GDPの欠陥とGPIとGDHの出現
1968年、故ロバート・ケネディは、GDPに基づく経済運営の問題点について、「GDPには中毒物質、交通事故、犯罪、環境汚染、環境破壊、戦争兵器や武器などが含まれるが、健康、教育の質、楽しさ、美しさ、知恵、勇気、誠実さ、慈悲深さなどは含まれず、要は私たちの『生きがい』につながるものがすっぽり抜け落ちている。」と指摘した。
GNPの開発者は1971年にノーベル経済学賞を受賞したサイモン・クズネッツであるが、彼自身「DNPは国の経済の良し悪しを測る指標に適さない」と説明していた。
その後、1976年に、ブータンのジグメ・シンゲ・ワンチュク国王は、「万人にとって人生の最重要な目的は幸福である。国家の責任は国民が幸福を追求できる環境を創造することである。」として、総生産(GNP)ではなく、心の豊かさの指標としての国民総幸福(GNH=Gross National Happiness)の方が重要だ」と提唱した(本稿では、GDP=Gross Domestic Production、GDH=Gross Domestic Happinessと置き換える)。
米国のシンクタンクRedefining Progress社は、GDPの貨幣価値から「持続不可能な費用」を控除し、「貨幣取引外の労働・使用価値」を追加して、真の進歩指標としてGPI(Genuine Progress Indicator)を定義した。GPIは持続可能な発展へ寄与するものとした(表3)。
 

表3  GDPをベースにしたGPIの計算法と要素
① GDP 個人消費+資本投資+政府支出
② 持続不可能な 費用 社会の退歩的要素の費用、
環境汚染・破壊の回復費、災害復旧費、
再生不可能エネルギー損耗の再生可能代替費、地球環境破壊費用
③ 貨幣取引外の 労働・使用価値 家事労働・育児価値、高等教育履修価値、   
ボランティア労働価値 耐久消費財使用便益、道路・フリーウェイ使用便益
④ GPI =① - ② + ③

 そして同社は、研究の結果、米国は60年代まではGDPとGPIはともに成長したが、1974年以降、GPIは低迷して米国は進歩していないとした。
ブータンでのGDHは、幸福社会学の理論的アプローチを基礎としている。先ず、国家が実現すべき幸福環境創造の4つの要件として、「持続可能な公正な経済社会の発展」、「環境の保全」、「文化の促進」、「良い統治」を挙げている。その上で「幸福」を司る9つの領域の挙げ、その依存関係について探究している。その要点は以下のとおりである。
・「幸福」の前提的な条件は「健康(Health)」と「心の安寧(Psycological Being)」としている。
・健康には、環境の多様性、適当な生活水準、教育、保健政治が必要。
・心の安寧には、環境多様性、生活水準に加えて、文化、コミュニティ活力、時間余裕が必要。
・時間余裕は、文化、コミュニティ活力の必要条件である。
幸福を司る9つの領とそれらの相互関係の概要を、表4に示す。
 
 表4 ブータンGDH: 幸福を司る9つの領域と相互関係性 9つの領域 幸福を司る9つの領域の相互関係性
幸 福 【人生の最重要目的】健康・心の安寧が幸福を支える
① 健康 環境多様性、生活水準、教育、政治
② 心の安寧 環境多様性、生活水準、文化、コミュニティ活力、時間余裕
③ 環境多様性 (前提条件)
④ 生活水準 (前提条件)
⑤ 文化 コミュニティ活力、時間余裕、教育
⑥ コミュニティ活力 文化、時間余裕、政治
⑦ 時間余裕 教育
⑧ 教育 文化、時間余裕、政治、
⑨ 政治 (前提条件)

7-2 GPIとGDHの比較


GPIとGDHは、ともに、持続可能な社会、真の社会進歩によって、国民幸福社会の実現を目的にしている。違いは、GPIはその定義から、GDP指標をベースにした管理会計的手法といえる。それに対して、GDHは「社会幸福学」の理論的なコンセプトから、国家が幸福社会実現の経済的社会的課題を評価し、政策化するものであると考える。GPIが典型的な石油文明・マネー経済の米国で発明された手法であり、GDHが農村中心の非石油文明・非マネー経済のブータンで考案されたことからも頷ける。

7-3 日本型のGDHの探究

  日本では、GPIも、GDHも市民権を得ておらず、GDP一本槍の状態が継続している。
3.11大惨事によって、日本のGDP成長路線は事実上ストップし、国民も、有限自然と、もったいない思想の方へ、マインドシフトしてきている。 この時期に、日本型GDH・GPIのアプローチ・検証を、学術的・制度的に展開することは、石油減耗時代に日本のプランB(石井吉徳もったいない学会会長提唱)を実現していくうえで必須の事業である。
日本は米国と同様に、石油文明、マネー経済が高度に発達した社会である。近年、社会的病理、環境汚染・破壊、さらに災害が増加している。したがって、まず、GPIの管理会計的手法によって、日本のGDP経済の荒廃的要素を識別し、さらにGDP成長主義を克服して国民幸福社会へシフトする道すじを見出すことが基本的に重要だと考える。
一方、GDHの「幸福を司る各々の領域」について、領域の内容、領域の関係性について理論的、政策的アプローチによって探究し、めざす国民幸福社会のコンセプトを明確化することが戦略的に重要である。
石油文明国である日本のGDHアプローチは、ブータンのGDHと異なる。日本のGDHはブータンと比べて、2つの点で特殊的である。ひとつは、石油文明社会から低エネルギー社会へ転換する上でのGDHであり、もうひとつは、極度高齢化社会に求められるGDHである。日本のGDHの構造に関する研究は皆無といってよい。  
低エネルギー社会でのGDHの「幸福を司る領域」は、ブータンの提唱する9つの領域に、「自然畏敬と共生」、「仕事・雇用の再構成」、「身体労働の充実」が加えられるべきと考える。また、極度高齢社会でのGDHには、「社会貢献」、「世代継承」の2つの領域が追加されよう。
「自然畏敬と共生」は、3.11大震災・原発事故を振り返れば明らかである。もともと地震国・モンスーン国の日本社会が持っていた価値観であるが、とりわけこの50年の間に、技術による自然支配に捕われて失ってきたものである。この価値観が失われてきたことは、学問が自立できていないことによる国家的な損失であると考える。「自然畏敬と共生」の価値観がなければ低エネルギー社会を創ることはできない。
「仕事・雇用の再構成」は、石油文明末期において、労働と雇用の格差、低賃金化が日本社会を荒廃させているという現実があり、その改革のために理論的、政策的アプローチが必要とされる「領域」である。  
「身体労働の充実」は、石油文明の便利さによって日本人の身体能力発揮が相当に劣化しているとの現実がある。そのような便利さは、低エネルギー社会になると、労働、移動において得られなくなる。よって、すべての青少年を中心に、身体能力発揮の強化が必要になる。例えば、一日10里歩いたという江戸時代の人々の強靭さを想起すべきである。  
「社会貢献」、「世代継承」は、高齢者がサクセスフルエイジングを全うすることが、国民幸福社会の重要な指標であるとの位置づけによるものである。

8.地域分散社会への転換
8-1 石油減耗時代の経済構造
 
 石油文明社会から移行する低エネルギー社会の経済は、新自由主義グロバゼーションから福祉主義ローカリゼーションへ大きく転換する。  
その差異を構造的に整理す べきであるが、ここでは 差異を表5に列記する。  
経済のローカリゼーションで最も重要な項目は、地域エネルギーの創成利用と食料自給の実現である。これが地域分散経済、およびそれを支える地域分権政治の基礎になる。  
経済の思想・方法は、売り手、買い手のみからなる市場原理主義でなく、売り手、買い手、世間の「三方良し」を根本とする取引主義でなければならない。「三方良し」は江戸時代に定着した日本の誇るべき商哲学であり、最近になっていわれているCSR(企業の社会的責任)の元祖といえる。

8-2 石油減耗時代以降のエネルギー
 
石油減耗時代のエネルギー利用の基本的な考え方はとして、石油、さらに他の化石燃料は大切に使い、可能な限り後世の人々が、少しでも使えるように残す。
地域にある自然エネルギーを自然の理に即して熱エネルギー、電気エネルギーとして、地域スマートグリッドを構成して活用する。
自然エネルギー、あるいは再生可能エネルギーといえば、太陽光、風力、小水力、地熱蒸気など、電気として取り出せるものが重要視されている。しかし、温泉熱・地下水熱・地中熱、太陽熱、バイオ熱等は、地域の農林水産等の産業、生活用熱源として、地域振興に直接的に有効利用できるものである。
なお、太陽光発電も、風力発電も、設備の素材資源の開発から製品製造まで、石油をはじめ化石燃料に依存しており、自らの電力エネルギーだけで自立して製造できない。したがって、22世紀以降、我々の孫、曾孫の世代になると、太陽光発電、風力発電も、ほとんど使えなくなる。
さらに、現在の自動車をはじめ輸送機械も、主としてバイオ燃料の火力で製造できるタイプのものに変貌していこう。  石油文明の便利さだけの存続を意図して、非在来型石油天然ガス資源、新型エネルギーの開発が目論まれている。しかし、そのすべてが、EPR(エネルギー収支比)は非常に低い、重大な環境破壊を伴うもの、あるいは生産過程で良質の化石燃料の使用を伴うものである。   表6に、各種エネルギーのエネルギー自立性・推定EPR等を示した。グレー着色のエネルギータイプは、再生可能性のない、またはEPRの低いエネルギータイプである。 
  

9.食料自給の実現
9-1 世界と日本の食糧基本問題

 世界的な人口増と生活水準の向上、肉食増のため、食糧需要が増加し、すでに在庫量がひっ迫の水準にある。穀物需要量が2010年の23億トンが2018年に26億トンと見込まれ、そのため価格が上昇の一途であり、配分偏在によって、飢餓に苦しむ人が約10億人(約15%)に達している。 一方、石油代替として小麦・トウモロコシ等をバイオ燃料に転用するという強欲市場経済の罪悪も予想され、石油減耗期に連動して穀物の品不足、価格高騰が起こり、世界は深刻な食糧危機に至りうると予想される。
ここで、日本の食糧の外国依存にかかる主な数値を記載する。日本の食糧自給率(重量ベース)は、主食穀類で60%であるが、飼料を含む穀物自給率は27%である。カロリーベースでは40%であって先進国・工業国の中で最低である(フランス130%、米国119%、ドイツ91%、イギリス74%、韓国49%)。
また、食料の輸入量からバーチャルウォーターの量を算出すると、640億m3/年となる。これは国内の年間灌漑用水使用量580億m3/年とほぼ同程度の水が、食料輸入のかたちで輸入されていることになる。主な輸入先は米国389億、カナダ49億、オーストラリア89億、ブラジル25億、中国22億である(単位m3/年)。農林水産物輸入額は7.1兆円、農産物輸入は4.8兆円(ともに、2010年)である。
食料自給率の低い国のフードマイレージ(食料重量トン×輸送距離)は大きい。それ 表7 フードマイレージの比較  国 総 量 国民一人当たり 日 本 9002億800万 7093 韓 国 3171億6900万 6637 米 国 2958億2100万 1051 イギリス 1879億8600万 3195 は、食料生産国の土壌と水を大規模に使い、農業と輸送に大量の石油を使っている。 日本は58百万トンの食糧を平均輸送距離15,500kmの遠方から輸入している。石油減耗期に至ると、日本向け食料の生産が減少し、さらに長距離輸送も困難になる。
日本の耕地面積は、昭和40年600万ha であったが、現在474万haに減少している。一方、輸入量に見合う作付面積 1,200万ha(うち飼料は250万ha)といわれており、日本人の食料生産に必要な国内外の耕地面積は、合計1700万haとなる。    
では、石油減耗期になって食料輸入が途絶えることを想定した場合、どうすれば良いか。シミュレーションの結果によると、現在の稲作面積で、日本人1.2億人のカロリー摂取は、コメだけでは不足だが、コメと甘藷で自給できる。しかし、最も重要なことは、日本の里山に適した伝来の農業方法へ戻ることである。現在は、平坦な耕地のみを作付利用し、里山斜面は殆ど利用放棄している。しかし、約50年前まで、平坦な耕地と山の斜面を一体的に利用してコメ、穀樹、野菜、林間牧畜、養魚を多角的に行う農業、すなわち「立体農業」が普及していた。立体農業は、日本の地形にかなった生産性が高い農業である。

9-2 立体農業
    
米国の農学者ジョン・ラッセル・スミスは、1929年に“Tree Crops:A Permanent Agriculture”を著した。持続可能な農業のために、傾斜地におけて土壌流出させる鋤耕農業の廃止と、穀樹栽培(クリ、カシ、クルミ、ペカンなど)の推奨を説く農学書である。キリスト教牧師の賀川豊彦らは、1933年に本書を『立体農業の研究』として翻訳出版した。賀川は、高木の穀樹の下で一年生作物を栽培する「立体農業」を考案した。1930年に、岡山県作洲の久宗壮が賀川の奨励で、農業従事しながら立体農業の研究に取り組み、戦後の自作小農が営農できる多角的農業にまで発展させ、普及に努めた。 以下に、立体農業家久宗壮の農園経営について紹介する。なお、久宗壮は石井吉徳氏(NPOもったいない学会長)の義父である。久宗壮農園は、本人、妻、息子1人、研究生など2人で、人力+畜力による農業である。その経営規模は以下のとおり(以下、庭プレス2009年10月号より引用)。 水田:3反4畝(裏作には小麦とレンゲ)、畑:2反6畝、家畜:乳牛2頭/豚2頭/綿羊4頭/山羊1頭/鶏165羽(他に、アンゴラ兎4羽/蜜蜂4群/鯉/ドジョウ池/ウナギ池など)。宅地約300坪 果樹類(菓子クルミ/ペカン/カキ/クリ/ヒックス/マルベリー/ポポー/ブドウ/イチジク/ビワ/アケビ/ザクロ/ビックリグミなど)。果樹下にはシイタケ/ヒラタケ、バタリー鶏舎2棟。山林5町歩(大部分は松、雑木、ヒノキ、スギの植林地)、クリ園:7反。——-すごい多角的な農園経営が少人数でできるのである。収入の比率は、家畜類60%、シイタケ・ヒラタケ20%、種苗・種菌 10%、果樹類他 10%である。  久宗壮は立体農業経営の特徴を次のようにまとめている:「私は耕地6反という小農である。しかし、山野をも含めた立体農業経営をしているので、種々妙味のある生活を営んでいる。しかもそれは、篤農技術によらない、誰でも真似のできる手段である。ただ傾斜地、山林に恵まれた山村特有なものだけである。立体農業を実践することにより、地力が増進し自給肥料中心で米と麦が、この作洲の奥地でも反収10俵以上という夢想だにしなかった収穫が与えられるようになった」。 久宗壮農園の農作業・経営は5人程度である。久宗氏自身は普及のために全国を回っていたことを考えると、4人×300日=1200人日⇒必要カロリー3×106kcal/年の人力で、コメ2トン以上、麦1トン以上、合計1×107kcal/年以上の穀物生産、そして立体農業していた。カロリー生産物として穀樹のクリ、豚、乳牛、ニワトリ等をいれると、EPRは10以上になろう。加えて、野菜、果実、キノコが収穫できるので大量のタンパク質・ビタミン・ミネラルも得ることができる。 さらに大豆加工品、パン類等、多様な農産物加工品を、農家およびコミュニティで製造販売できる。地域の雇用創生、六次産業活性化の基盤をなす。 石油多用農業は、耕地面積の拡大、作業の機械化によって効率的に見える。しかし、EPRが0.1程度の単作・換金が基本の農業であるため、自立できない農業である。他方、立体農業は石油に頼る必要なく、高いカロリーと栄養価の動植物を収穫でき、自給量を超える収量を換金できる自立農業である。立体農業は、日本の地勢、風土に合った、日本における低エネルギー社会の農業である。

10.低エネルギー地域分散社会創りの構造
 

石油減耗時代の社会変革の核心は、中央集中・中央集権社会から、地域分散・地域分権社会への転換である。石油文明の輸送動脈が国際的にも、国内でも障害を受けるためである。
その展開は図8に示すが、核心は食糧の輸入依存から農業の低エネルギー革新による食料自給の確立である。これを基軸に地域産業を再生し、低エネルギー地域社会を興隆する。その結果、活力ある地域分散社会が出来上がり、地域の納税能力が拡充し、国の財政再建することにある。地域の自給力と創富力を地域住民の力で築いていくことである。  
農業の低エネルギー革新とは、石油漬農業からの転換であって、前述の「立体農業」の再生を軸に、土壌細菌有機農業、および脱石油施設栽培で以って広く展開する。 土壌細菌有機農業は、(株)シーンズ社長佐々木淳が「多種の土壌細菌を含む有機肥料が革新的な土壌改良、連作障害克服、増産効果の高い自給肥料である」ことを発見し、脱石油農業において革新的な有機農法として開発利用している。3.11の津波で塩害農地の回生にも有効だった。
低エネルギー施設農業とは、石油系燃料燃焼熱でなく、温泉水・地下水・地中熱など自然熱エネルギーを温度制御に使って、作物・花卉・果樹を施設栽培するもので、比較的きれいごとであり、収益性も良く、都市生活者が転農し易い側面がある。 地域産業の活性化とは、基本的には地域資源の活用と、地域一次産業をベースにした六次産業の創生であって、それにリンクして既存の地域中小企業の活性化、あるいは地域の外からの企業誘致と考える。活性化によって地域でマネーが回ることであり、雇用が創生されることである。
地域産業活性化のためには元気な地域企業家を軸に起業するに当たって、地域のステークホルダーが理解し参画できる、「地域CSR」および「新しい公共」の確立が重要だと考える。
石油減耗期に突入すると、大都市の商工業を中心に、失業者、都市難民が大量に発生し、大都市から地域・農村へ人口移動が想像される。地域・農村がこれらの人々を受入れ、地域産業再生の力にすることが重要である。  
低エネルギー地域社会が興隆する要件は、食糧等の地域自給力、および地域創富力がともに高いことである。自給力向上によって豊かな手作りのような温かみある地域生活が生み出される。創富力が生み出す商品等は交易によって高い収益が可能である。もちろん、拝金主義でない。これまでの中央集中生産では商品の種類は限られる傾向にあり、地域の人々の工夫ある活動が生み出す多様な商品によって、交易がいっそう活性化されるものと考える。
地域社会の興隆と交易の活性化によって富の健全な累積を図り、合わせて石油文明時代の負の遺産(赤字国債など)の解消を進めることになる。
低エネルギー地域分散社会が形成されると、各地域が道州レベルでまとまると準国家のようなものになり、その連合体の合力によって、日本は質の高い能力を有する国へと進化するであろう。中央集中・中央集権によって地方・地域が崩壊し、そのために中央も不安定化している現況を見ると、自明のことと思料する。


11. まとめ

① 数年後には石油減耗時代に突入し、新自由主義グロバリゼーションはGDP成  
長の望みが絶たれて破たんする。日本では、既に膨大な赤字国債累積、食糧の 
過大な海外依存、深刻な格差社会化に至り、社会力が脆弱化している。
② 石油減耗期に石油文明の延命策はない。低エネルギー社会への転換が必要で
ある。
③ 低エネルギー社会への変革をリードする価値観は、「有限地球観」、および「も  
たいない思想」である。
④ 低エネルギー社会の目標は国民福祉社会である。その実現を測る指標として、
GPIとGDHがある。GPIはGDPをベースにして管理会計的手法で「真の社会進
歩」の指標を求める。GPHは社会幸福学のアプローチによって政策化する手法
である。
⑤ 日本型GDHは、ブータン型GDHに特殊な領域を加えて探究する。
⑥ 低エネルギー社会は、地域分散社会である。農業の低エネルギー革新によっ
て、地域産業を再生し、地域低エネルギー社会を興隆させる。その興隆の要件は
地域自給力の強化、および地域創富力の強化による対外交易である。富の健全
な累積と石油文明終焉に伴う負の遺産(赤字国債等)の解消を目指すものであ
る。
⑦ 地域分散社会が形成されると、その連合体の合力によって、日本は質の高い国
へ進化できる。
⑧ 石油ピークを認識せずに、ただひたすらにGDP成長を追う政治は必ず失敗し、
国家的な危機に日本を追い込む。

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