何が復興を妨げるのか

東日本大震災から9ケ月以上を経過しているが、復興のスピードは遅い。震災後の対応もさることながら、復興構想会議、復興庁設置等の形ばかりの対応は行った。しかし、体系的で眼に見える復興の足取りは遠い。むろん、地震・津波の広域の被害、原発事故による放射能汚染等の山積する課題を負ったことに起因しているという要因はあるが、しかし、地震は阪神大震災の経験、津波はこれまでの三陸津波被害、放射能は広島・長崎の被害等まったくのゼロからの出発ではない。だが、この経験が生きているようにも思えず、また創造的な課題解決の知の結集でもない。この本質的な原因とその排除をしなければ、被害地及び被害者の貴重な犠牲が生きてこない。
ある意味では「低エネルギー社会」への大転換期としての意味付けによって、その犠牲が日本の大転換へのきっかけとして、考えられたが、こうして経過してみると、危機も風化されていく様な感じすら受ける。何が、復興を遅らせ、妨げているのかを今こそ検討し、迅速な展開をしなければならない。
1.問題の本質の解明
 復興構想会議での論点は、権限の移譲を明確にするところから開始すべきであった。
また、今回の被災地は地震と津波及び放射能汚染地域と大きな特性もあり、広域の被害となっているので、一律の復興ではなく、被害の3つの軸別と特色のある各地域別の計画をマトリックスで立案し、さらに先ず地域での住民のヒヤリングを含めて、積み上げる計画と地域別の連携を含めての総合的な計画との整合をするところから開始することが基本であった。
その上で、復興資金として最大限経費の掛かる計画、最小限の経費で済む計画、そしてその中間計画と少なくとも3つの代替案に分けて、計画案を策定し、提示する必要があった。
その上で、内容的には、被災地域の国への買い上げ等を先行させ、住民の必要な計画とは別に、広域地域への民間からの産業育成を含めての復興計画の公募を行い、優れた、新しいコンセプトによる、迅速で未来志向の計画案を採択する必要があった。
復興には資金が必要であるが、これはいわば社会インフラ及び産業振興への投資であり、投資効果を加味すれば、復興資金以上の返済が期待されるものでもある。
 しかし、官僚指導及び中央主導での計画が、総合計画にならず、断片的な計画になり、また各官庁の法的な壁に阻まれて、迅速な問題解決を遅れらせると言う愚行を依然として繰り返しているのである。断片的な解決方法は、本質を見誤り、課題の構造化ができないで、問題点の羅列が繰り返し展開されるという悪循環構造に陥り易くなる。
2.新たな発想と体系化による国民合意の形成
 復興計画には、地域特性を生かした新しい発想を生かす必要がある。地域特性とは、地域の地形、地域産業の特性、気象の変化構造、土壌や水質の特性、コミュニテイーの特性、雇用形態、住民の必要な交通システム、水や下水、処理等インフラの整備、人口構成、職住関連での集合住宅、住民の自立構造、教育関係、高齢者医療関係、行政サービスの範囲等である。これらは各地域別に暮らしの感覚や暮らし方の違いでもある。またこれらを前提にしながらも、防災、防犯さらには環境、エネルギーの未来課題を踏まえた今後の変化への対応を考慮する必要もある。
 こうした発想によって形成された形と住民の感覚や想いを可視化することで、さらに発展的な姿に変容しながら、合意を形成することである。地域開発は「人間的な視点による」新たな視点を必要としている。社会インフラ自身が、工業社会、情報社会、知識社会への推移を経て変化していくものでなければならない。国民の合意形成プロセスは、情報を開示し、説明し、説得したうえで、選択をさせると言う時間とテマヒマの掛かるものであり、そのようなプロセスこそが、国民の自立を強化するものである。
3.反対意見の取り込みと状況の進展
 復興計画には莫大な資金が投入される。したがって、そこには既得権や新たな既得権の形成を意図する勢力が存在し、一律に決まらないという危惧もある事は確かである。
したがって、立場の異なる多様な主体(行政、工事事業者、住民、専門家、研究者、デザイナー、建築家、心理学者等々)が、それぞれを主張しながら、向かうべき未来像を創造し、未来のイメージを強化しながら、何が選択の基準かを設定し、最終的には地域住民が自ら選択していくプロセスを設定することになる。国際的な成功事例を研究する等も、大きな知の集積として検討する必要がある。最終的には、各地域特性によって、選択基準の優先は当然異なるものになる。しかしながらこのプロセスを通して、国民は未来のイメージを見つめ、選択する権利を得ると言う貴重な経験をすることになる。そこに日本の未来が存在する。
4.権限と運用及び決断のプロセス
 地域自立がこの震災を通して、日本の未来形成の手段であることも知った。地域に権限移譲は必要だが、しかし日本の地方行政及び首長は、行政マネジメントのレベルは低い。
地域が自立するためには、課題を自ら解決するための行政能力が必要である。しかし今回の東北の被災地の首長は、少なくとも国家行政を預かる人材よりも、優れて誠意と決断力を持った人材がいることが理解できた。東北復興は、権限委譲によって、運用を任され、日々決断のプロセスが要求される。構想計画実施の段階で、詳細な選択と手直しと変更の決断の連続になるだろう。また当然既得権争い等を含めて、柔軟な運用と厳格な道徳心が要求されることになる。行政マネジメントは、確実な実行と柔軟な対応を迫られる場面が多くなる。そこには、問題点の真摯な分析と「何故か」を問い続ける試行の強靭さも必要になる。これは全実行者に必要な素養になる。このプロセスこそ、日本が課題解決に向けての大きな未来への遺物になる。
5.創造と参加及び人の問題
今回の災害及び原発問題は、著気的な課題として、エネルギー問題を避けて通ることはできない。我が国の安全と安心は、自然災害とともに人工物の安全性に大きな課題を残した。
また、科学技術の信頼性が問われた。この課題克服には、創造的な課題解決能力が大きな要素であるが、専門性の弊害にも突きあたり、いまだに原発の問題は、事故の処理とともに、放射能の処理方法が確立されないまま、電力やエネルギー問題での未決のまま、放置されるか、またはさらに新たな原子炉や核融合等への傾斜を強化しようという意図もある。
特に輸出の構造が、世界の風潮として語られ、日本独自の選択を避ける傾向になっている。
今こそ、これまで原発の安全性や原子力事業の危険性を指摘した科学技術の復権を行い、未来創造への新たな展開や解決方法の模索が開始されなくてはならない。
6.国家ビジョン、復興の順位付け、官庁との整合、法的設計
この機会を逃さず、石油ピークを越えて、人類の文明を検討する時期に入っている。
「幸福の研究」(デレック・ボック著)、「国家は破綻する」(ケネス・ロゴフ著)等は、こうした人類の文明の新たな扉への予兆でもある。
大震災後で国家ビジョンができないのは、策定能力や策定方法を知らないのではないか。
総合政策を策定した経験もない官僚や企業人が多い。異なる価値観や異なる目標を調整する能力も、選択に耐える予備的なビジョンを策定する能力が欠如している。復興の順位付けも明確でなく、菅長官の調整や整合も見えない。このために緊急時の法的設計さえ、策定能力を欠如している。現に膨大な予算と予算付けの内容が現場では困難な内容になり、現場に予算を上手く使いこなすノウハウが不足している。もっと現場サイドに立って、積み上げながら、どういう予算範囲かを現場サイドの用途別から積み上げる必要がある。
内村鑑三著「代表的日本人」に「二宮尊徳」の話がある。その中で小田原藩主の依頼で下野3村復興に話がある。その報告書で尊徳は、「金銭を下付したり、税を免除する方法では、この困窮を救えないでしょう。誠に救済する秘訣は、彼らに与える金銭的援助をことごとく断ち切ることである。かような援助は、貪欲と怠け癖を引き起こし、しばしば人々の間に争いを起こすもとである。荒れ地は荒れ地自身の持つ資力によって開発されなければならず、貧困は自力で立ち直らせなくてはなりません。仁愛、勤勉、自助、これらの徳を徹底して励行してこそ、村に希望が見られるのである。」として、道徳心を村の経済改革として重視するのである。
また足尾鉱毒事件で天皇直訴をしながら、鉱毒と戦った、田中正造(栃木県佐野市谷中村)は、「物質上、人工人為の進歩のみを以てせバ社会ハ暗黒なり。デンキ開ケテ世見暗夜となれり。然れども物質の進歩を怖るゝ勿れ。此進歩より更ニ数歩すゝめたる天然及無形の精神的の発達をすゝめバ、所謂文質彬々知徳兼備なり。日本の文明今や質あり文なし、知あり徳なきに苦むなり。悔改めざれバ亡びん。今已ニ亡びツヽあり。否已ニ亡びたり」社会が物質的な発展や進歩のみを追及すれば、人間社会は暗黒になってしまう。しかし、物質的な発展より天然自然のエネルギーを活用し、精神的発展が先を行くような文明であればいいと言っている。日本の文明は外見だけを飾っていて実質がない。それで知に偏っており徳がないと批判し、今の文明を改めようとしなければ日本は亡びてしまうと警告している。「真の文明ハ山を荒さず、川を荒さず、村を破らず、人を殺さゞるべし」という。
2013年には田中正造没後100年を迎える。(筆者の実家に田中翁の大きな墓がある)
 

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