「私どもの論考「化石燃料の枯渇がもたらす電気自動車 (EV) の未来――消費者の経済的な負担のないEVシフト(エンジン車からEVへの変換)が自動車文明社会の継続を可能にする」に対する石井吉徳さんのコメント(ご質問)にお答えします。

東京工業大学 名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部・事務局長 平田 賢太郎

(要約);

① はじめに;先に(2017年9月8日)、もったいない学会の「シフトム」に掲載して頂いた私どもの論考、「化石燃料の枯渇がもたらす電気自動車(EV)の未来――(以下「EVシフトの論考」と略記)」について、元国立環境研究所長の石井吉徳氏からコメント(ご質問)「自動車社会の維持、EV発展は持続可能ですか? 資源ピークは現実、リチウムも限界ですが」がありました。
② 有限の資源についても、現状の経済条件のもとで、需給のバランスがとれなくなるのが「資源の枯渇」です。有限資源の代替利用の科学技術が開発できれば「資源枯渇の問題」は解決できる可能性がありますが
③ リチウム資源の供給が、世界の今回のEVシフトを頓挫させる可能性は大きいと思います。このEVシフトの頓挫と化石燃料の枯渇が重なれば、「現代自動車文明社会」が終焉を迎えることになるでしょう
④ 「自動車文明社会」は、先進諸国における独占物でした。「地球上の人類にとっての自動車文明社会」は、リチウム電池に代わる、その原料資源量の制約を受けない安価な蓄電池がつくられない限り、やってくることはないでしょう
⑤ 今回の私どもの「EVシフトの論考」に対する石井吉徳氏の適切なコメント(ご指摘)は、化石燃料枯渇後に備えるべき科学技術者の責任を問うものとして、私どもは厳しく受け止めなければなりません

 

(解説本文);

① はじめに;先に(2017年9月8日)、もったいない学会の「シフトム」に掲載して頂いた私どもの論考、「化石燃料の枯渇がもたらす電気自動車(EV)の未来――(以下「EVシフトの論考」と略記)」について、元国立環境研所長の石井吉徳氏からコメント(ご質問)「自動車社会の維持、EV発展は持続可能ですか? 資源ピークは現実、リチウムも限界ですが」がありました。

以下、私どもの「EVシフトの論考」に対する、元国立環境研究所長の石井吉徳氏のコメント(ご質問に)について、私どもの考えを述べさせて頂きます。

 

② 有限の資源についても、現状の経済条件のもとで、需給のバランスがとれなくなるのが「資源の枯渇」です。有限資源の代替利用の科学技術が開発できれば「資源枯渇の問題」は解決できる可能性がありますが

エネルギー資源としての化石燃料に限らず、金属資源等についても、資源の枯渇とは、現状の経済条件の下で使用可能な資源量が少なくなり、その国際市場価格が高騰して、使えない人や国が出て来ることです。よく、これら有価物(現代文明社会を維持するために必要な物質とさせて貰う)資源の利用に関連して、“技術的には可能だが、経済的には利用できない”と言われます。しかし、地球上の資源に関して言えば、対象の資源を経済的に採取できないのであれば、それは、少なくとも現代文明社会における利用可能な技術とは言えません。とは言え、技術は確実に進歩します。したがって、現在、その枯渇が心配されている資源についても、将来、その資源を使わないで済むような新しい技術が開発されれば、その資源は枯渇を免れることができます。
例えば、一昔前(50 ~ 60年前)、地球上で最初に枯渇する金属資源と言われた水銀についても、その使用で恐ろしい水俣病が発生する恐れがあることが判って、その使用が規制されましたから、今では、水銀の枯渇の問題は無くなりました。この水銀の最大の使用先であった水銀法食塩電解の技術に代わったのがイオン交換膜法の技術でした。ところで、苛性ソーダの製造方法として、最もコストの低い方法が、この水銀アマルガム法でしたから、この技術変換がなされた当時、先ず行われたのは、この方法で使用される水銀の環境への排出削減でした。しかし、その完全な排出防止の方法は、水銀法を使わないことでしたから、多少コストが高くなってもとして、イオン交換膜法の技術開発が実行され、世界中で実用化されるようになりました。以上、詳細は、文献1をご参照ください。
結果として、水銀法で使われていた多量の水銀が、新たな「水銀鉱山」となり、それが、一部の途上国に輸出され、金の水銀アマルガム精練法による採取用に使われ、そこで働く人々の水俣病を引き起こしています。つい最近、水銀および水銀製品等の製造および輸出入を管理・規制するための国際条約としての「水俣条約」が制定(2027年8月16日発効)されました。

 

③ リチウム資源の供給が、世界の今回のEVシフトを頓挫させる可能性は大きいと思います。このEVシフトの頓挫と化石燃料の枯渇が重なれば、「現代自動車文明社会」が終焉を迎えることになるでしょう

電気自動車(EV)は、電力をコンパクトに蓄電できるリチウムイオン電池の開発により初めて、その実用化が軌道に乗り出したと言ってよいと思います。したがって、今回のEVの利用拡大、すなわち「EVシフト」が起こる大分前から、このリチウム電池原料のリチウム元素の資源量が問題にされてきました。それは、現在、実用化されているリチウム電池用のリチウムの70 %程度が、南米ボリビアの塩湖などで、自然乾燥・濃縮された炭酸リチウムを原料としているために、現状のりチウム需要の増加が続けば、2年後には、需給のバランスがとれなくなるとも言われています。したがって、今回の「EVシフト」の目標達成のためには、この南米の塩湖産以外のリチウム資源の開発が求められなければならないことになります、
確かに、リチウム元素は、希少元素とされていますが、地球上の海水(水圏)や岩石(地圏)中には、低濃度ですが広く分布しており、その賦存量は、現状の需要量に較べれば、無限に近いと言えるほど豊富です。しかし、問題はそれを効率的に採取・利用できる形に濃縮するのにお金がかかることです。昔、第一次大戦の敗戦国のドイツで、空中窒素の固定でノーベル化学賞を受賞されたフリッツ・ハーバーが、多額の賠償金を支払う必要から、海水中の金を採取するために、金濃度の高い海水域を探して日本までやってきたと言う話があります(文献1 参照)。リチウムについても、いま、JAEA(日本原子力開発機構が)が、海水からの採取技術を開発しようとしているようです。そう言えば、このJAEAは、原発の原料ウランについても海水からの採取を研究していました。これらの海水からの有価物の採取での、エネルギー収支、経済収支はどうなっているのでしょうか?この海水中からの採取に較べれば、まだ、実用化の可能性が大きいと考えられる、使用済み電池からのリチウムの回収、すなわちリサイクル技術の開発も試みられているようですが、リチウムの回収率が25% 程度以下と低く、まだ、実用化のメドはたっていないようです。
先の私どもの「EVシフトの論考」にも記しましたように、今回の世界の「EVシフト」では、英仏政府の要請を入れるとすれば、2040年までに、世界の販売自動車の全てをEV車に置き換える必要があります。その時(2040年)の自動車の保有台数を現在(2016年)と同じとしますと、車の平均使用年数を10年として、自動車の販売台数は135百万台程度と推定されます。この値は、2016年の世界のEVの販売台数120万台の100倍以上(=(135百万) /(120万))になりますから、一台のEVに使われるリチウム量が現在と変わらないと仮定すると、今回の「EVシフト」達成後の蓄電池用のリチウムの需要量は、現在の100倍程度になるはずです。リチウム生産技術の進歩により、この値を何割か減らすことができるかも知れませんが、リチウム資源の枯渇によるリチウム価格の、したがって、EV用電池の価格上昇は避けられなくなるでしょう。すなわち、消費者にとっての経済的な負担の無い「EVシフト」の実現が難しくなると推定せざるを得なくなります。
では、「EVシフト」が達成できなければ、ハイブリッド(HV)、プラグインハイブリッド(PHV)などの時代が、当分、続くことになるのでしょうか? しかし、化石燃料も枯渇に近づいて行く現状では、やがて、それも難しくなるでしょう。
在来の内燃機関自動車(エンジン車)に較べて、安価で効率のよい電気モータを使用するEVの実用化の問題点は、航続距離に影響する蓄電池の容量とその価格です。将来、リチウム資源が枯渇して、その価格が高騰すれば、リチウム電池に代わる安価で効率のよい蓄電池の開発に成功しない限り、今回の「EVシフト」は頓挫しなければならなくなります。この「EVシフト」の頓挫と、化石燃料(石油)の枯渇が重なれば、現在の「自動車文明社会」の終焉の時が来ることになります。

 

④  「自動車文明社会」は、先進諸国における独占物でした。「地球上の人類にとっての自動車文明社会」は、リチウム電池に代わる、その原料資源量の制約を受けない安価な蓄電池がつくられない限り、やってくることはないでしょう

ここで、石井吉徳氏のコメントにある「自動車文明社会の持続」の問題について考えたいと思います。
先の私どもの「EVシフトの論考」にも記載した図1 に示すように、各国の人口当たりの自動車の保有台数には、先進諸国(OECD34)と途上国(非OECD)との間に、2014年の値で約5倍もの大きな違いを見ることができます。それは、一般庶民が気軽に自動車を使えるとして定義されている現在の「自動車文明社会」が、実は、先進諸国のみのものであることを明らかに示しています。

図 1 世界各国の人口当たりの自動車保有台数の年次変化
(エネルギー経済統計要覧(文献2 )記載のデータをもとに作成)

この図1に見られるように、今世紀に入り非OECD諸国の自動車保有数は急速に増加しています。しかし、その増加の主体は、中国などの,新興途上国に限られていると言ってよく、現状でのその値は、「自動車文明社会」の到来と言える値ではないでしょう。すなわち、世界全体でみて、一般庶民が等しく自動車を利用できる「自動車文明社会」は、今までも存在していなかったし、化石燃料(石油)の枯渇が近づいて、石油燃料価格が高騰していくなかでは、「EVシフト」による世界の「自動車文明社会」の到来は起こらないと考えるべきです。いや、それどころか、化石燃料の枯渇後の「EVシフト」に必要な蓄電池用のリチウム資源量の制約から、それに代わる自動車用蓄電池の技術開発が思うように進まなくて、現在の先進国の「自動車文明社会」の後退すら予想せざるを得なくなるのではないかと考えさせられます。

 

⑤ 今回の私どもの「EVシフトの論考」に対する石井吉徳氏の適切なコメント(ご指摘)は、化石燃料枯渇後に備えるべき科学技術者の責任を問うものとして、私どもは厳しく受け止めなければなりません

はじめ(本稿①)に記しましたように、私どもの「EVシフトの論考」に対する元国立環境研究所長の石井吉徳氏から頂いたコメント(ご質問)は、「自動車社会の維持、EV発展は持続可能ですか? 資源ピークは現実、リチウムも限界ですが」とあります。この石井氏のご質問は、今回の世界の「EVシフト」が、その実現のための基本となるEV用蓄電池に欠かせない希少元素のリチウムの採取可能な資源量(可採埋蔵量)を定量的に評価・検討することなく行われていることに対し、私どもの論考が、単に、この世界の「EVシフト」の現状を紹介するに止まり、その表題にあるように、“「EVシフト」が「現代自動車文明社会」の継続を可能にする“ としたのは問題ではないかとの率直な疑問と言うより、厳しいご批判を投げかけて頂いた、まさに、適切で厳しいご指摘だとして受け止めさせて頂きます。
この石井氏のご指摘に対する私どものお答えとしました本稿上記の考察からご理解いただけるように、今回の世界の「EVシフト」は、少なくとも現状では、リチウム資源量の制約から、今まで先進諸国が占有してきた「自動車文明社会」の継続が可能となることはないと考えるべきです。いま、現代文明社会の経済成長を支えてきたエネルギー資源が枯渇を迎えようとしているなかで、私ども科学技術者は、このマイナス成長を強いられる現実を厳しく受け止めて、世界人類が平和に共存できるための真の豊かな社会を創る科学技術の在り方を追求して行く責任があります。
したがって、今回の世界の「EVシフト」を引き合いにして、この私ども科学技術者の歩むべき道をご指摘頂いた石井氏に感謝致します。

 

<引用文献>

1.久保田 宏、伊香輪 恒男;ルブランの末裔、明日の科学技術と環境のために、都会大学出版会、1978 年
2.日本エネルギー経済研究所編;EDMCエネルギー経済時計要覧、2017,、省エネセンター、2017年

 

ABOUT THE AUTHER
久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他

平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。

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