トランプ大統領のパリ協定離脱発言を機会に、パリ協定の目的とその効用を見直す必要に迫られています

東京工業大学 名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部・副本部長 平田 賢太郎

 

(要約);

① トランプ大統領によるパリ協定離脱発言が、地球温暖化の脅威を加速するとして国際的に大きな波紋を呼んでいます
② パリ協定の目的とされる温暖化対策としてお金をかけての低炭素社会の創設では、経済成長のマイナスが強いられます。したがって、化石燃料の枯渇後に備えて、お金をかけない化石燃料消費の節減対策こそが求められなければなりません
③ パリ協定の国際的合意の根拠となっているIPCCが主張する地球温暖化のCO2原因説は科学の仮説に過ぎません。また、もし、この仮説が正しかったとしても、世界が協力して化石燃料消費を節減すれば、IPCCの主張する温暖化の脅威は起こりません
④ パリ協定の目標を地球温暖化対策としてのCO2の排出削減から、地球上に残された化石燃料資源を全ての国が分け合って大事に使うためのその消費の節減に置き換えることで、私どもが訴える“世界平和の創設のためのパリ協定”の貢献が見えてきます
⑤ パリ協定を科学的に合理性をもったものに見直すべきとしたら、トランプ大統領のパリ協定再交渉の訴えが、その機会を与えるものになります

 

(解説本文);

① トランプ大統領によるパリ協定離脱発言が、地球温暖化の脅威を加速するとして国際的に大きな波紋を呼んでいます
2017年6月1日、トランプ米大統領の地球温暖化対策の国際枠組「パリ協定」離脱の発言が国際社会に大きな衝撃をあたえています。いま、地球温暖化を進行させているとされる温室効果ガスの二酸化炭素(CO2)の排出量が、表1 に示すように、世界第2位を占める米国が、CO2の排出の削減を国際的に合意したパリ協定を離脱したのでは、現在、進行中とされている地球温暖化(地球気温の上昇)が加速し、取り返しがつかないことになると、世界中の殆どの国からの大きな反撥を招いています。
このトランプ大統領の発言は、昨秋の米国大統領選挙の公約を守り、政権基盤を維持すための政治的なものであると言われています。すなわち、他の化石燃料にくらべて、CO2の排出量が多いとして地球温暖化対策の観点から嫌われ者になっている石炭を使用する産業(探鉱や鉄鋼業)の復興と雇用の創出のためには、どうしても、この石炭の使用を阻害しているパリ協定からの離脱が必要になるのです。

表1 各国のCO2 排出量、2014年の値、単位;一酸化炭素百万トン
(日本エネルギー経済研究所編;エネルギー・経済統計要覧(エネ研データ、文献 1 )に記載のIEAデータから)

トランプ大統領が所属する共和党内には、もともと、このパリ協定の目的となっている地球温暖化対策として求められている低炭素化、すなわち、CO2の排出削減の必要性に疑問を持っている人が大勢を占めていましたから、トランプ大統領の発言は、この共和党の意向を代表したものと言えます。しかし、アメリカ第一の一国主義を掲げるトランプ大統領による現時点での協定からの離脱は、国際社会での米国の孤立を深めることになるとして、政権内部でも離脱に反対する動きがあるようです。したがって、今回のトランプ大統領のパリ協定発言では、米国の協定離脱の理由になっている自国の過大な経済的負担を減らすためにEU諸国との再交渉を要求しており、それが認められれば、協定に再加入する余地も残したものになっているようです。

 

② パリ協定の目的とされる温暖化対策としてお金をかけての低炭素社会の創設では、経済成長のマイナスが強いられます。したがって、化石燃料の枯渇後に備えて、お金をかけない化石燃料消費の節減対策こそが求められなければなりません

パリ協定では、地球温暖化を防止するために、2050年以降、温室効果ガスのCO2の排出をゼロにする、すなわちゼロエミッションを実現するとしています。しかし、CO2排出削減の方法として、その利用が期待されている自然エネルギー(自国産の再生可能エネルギー(再エネ))の利用では、経済成長を維持することはできません。
それは、現状の再エネの生産では、その生産設備の製造・使用のためのエネルギーとして、多量の化石燃料が使われているからです。したがって、やがて、化石燃料が枯渇して、再エネのみに依存しなければならなくなったときには、折角生産された再エネの一定割合が使われることになり、経済成長のために用いられるべきエネルギーが、その分だけ失われてしまいます。もちろん、化石燃料使用の場合でも、その採掘と使用に化石燃料が使われますが、その使用割合は、再エネの利用の場合に較べると僅かです。結局、再エネのみに依存しなければならない社会では、現状の化石燃料主体の利用の場合と同じエネルギー消費の条件下では、経済成長が大幅に抑制されることになります。
また、経済成長を維持するために必要な化石燃料を消費しながら、地球温暖化対策としてのCO2の排出を削減するために最も効率的だとしてIPCC(気候変動に関する政府間パネル、国連の下部機構)が推奨している方法に、CO2排出量の大きい石炭燃焼排ガス中からCO2を抽出・分離・埋め立てるCCSとよばれる技術があります。しかし、この方法では、経済成長に使われるべきエネルギーの一部がCO2の排出削減に使われる分、経済のマイナス成長を強いられるだけでなく、化石燃料資源の枯渇を早めることになります。
結局、パリ協定で求められているCO2の排出削減を、今すぐ行うためには、どのような方法を用いるとしても、お金を必要として、その分、成長が抑制されることになりますから、成長の継続のためのアメリカ第一を訴えて大統領選に勝利したトランプ氏にとってはパリ協定は受け入れ難いことになるでしょう。
さらには、近年、その出現の頻度が増したように見られる異常気象についても、これが温暖化のせいだとされ、パリ協定の協議の場で、この異常気象による被害対策に必要な費用を先進国が負担すべきだとの途上国の要請から、途上国のために先進諸国が拠出する「緑の気候基金」の金額と、その先進諸国間の分担比率を決めることが、パリ協定での主な協議課題となりました。 結果として、表 1 に見られるように、CO2の排出量が世界第1 位で、米国の2倍に近い世界全体の28.5 %を占める中国が、この拠出金の負担を免れる反面、同第2位の米国が過大な負担を強いられているとして、この基金の支出を停止することも、トランプ大統領のパリ協定離脱の理由の一つになっています。

 

③ パリ協定の国際的合意の根拠となっているIPCCが主張する地球温暖化のCO2原因説は科学の仮説に過ぎません。また、もし、この仮説が正しかったとしても、世界が協力して化石燃料消費を節減すれば、IPCCの主張する温暖化の脅威は起こりません

トランプ大統領のパリ協定離脱発言の根拠として、米国内でのIPCCによる地球温暖化のCO2原因説に対する懐疑論の存在を見逃すことができません。また、上記したように、地球温暖化対策のためとしてCO2の排出削減に多額の国費を支出することは、国の経済成長を大きく抑制することになります。したがって、経済成長による国益を優先して政権を握っていた共和党プッシュ大統領は、地球温暖化対策としての各国のCO2排出削減を義務付けた京都議定書を批准しませんでした。当時、米国内では、この地球温暖化問題は、経済発展に後れを取っていたEUが、米国や日本の発展を抑えるために創り上げたものだとされていたようです。
その後、ブッシュ政権のイラク進攻の失敗で政権に就いたオバマ大統領が、地球の正義として、世界中の殆ど全ての国を集めて温暖化の防止を図ろうとしたのがパリ協定の国際合意でした。しかし、この国際合意が得られた地球気温の上昇と地球大気中のCO2濃度との関係の予測は、IPCCに所属する研究者による地球気象のシミュレーションモデルをスーパーコンピュターを用いて解いた計算結果です。IPCCは、これを、間違いのない科学の原理だと主張していますが、このようなシミュレションモデル解析の研究に従事してきた私ども科学技術の研究者に言わして貰うと、このシミュレーションモデル解析の結果を科学の原理として認めるためには、モデル計算の結果と、その対象となっている現象の観測結果との一致が確認されることが必要です。残念ながら、IPCCが主張する温暖化の脅威は、これから起こるかも知れない先のことですから、このような確証は行われておりません。
しかも、2013年の暮れに発表されたIPCCの第5次評価報告書では、2000年代に入ってからの地球気温の上昇が彼らの予測結果と合わないことを、大気中に蓄積された熱が海水中に移行した結果であるとして、この海水温の上昇を温暖化の脅威に加えるようになりました。さらに、IPCCは、近年、頻発するようになった異常気象も、温暖化のせいだとしていますが、これにも科学的な根拠はありません。地球気温が周期的に大きく変動するなかで、この温暖期と寒冷期の境目で、異常気象が頻発したようだとのするのが、気象学者の常識とされているようです。いずれにせよ、IPCCが主張する地球温暖化のCO2原因説は、科学の原理ではなく、科学的に実証されていない仮説に過ぎません。
ところで、ここで、私ども以外、誰もが気がついていない重要なことを指摘しておきます。それは、CO2の発生源となる地球上の化石燃料資源量の制約から、IPCCが訴えるようなCO2の排出に起因する温暖化の脅威は起こらないと考えてよいことです。IPCCの第5次評価報告書によれば、彼らの言う温暖化の脅威は、今世紀末までのCO2の総排出総量が7兆トンに達し、気温の上昇幅が4.8℃、海水面が60 cm上昇した時だとしています。しかし、私どもがエネ研データ(文献 1 )をもとに計算したところでは、2012年末の地球上の化石燃料確認可採埋蔵量の全量を消費したとしても、CO2の排出総量は、3.23兆トンにしかなりません。ここで、確認可採埋蔵量とは現状の科学技術の力で経済的に採掘可能な資源量ですから、科学技術が進歩して採掘可能量が増えれば、CO2の排出総量は、いくらでも増えると言われる方が居られるかもしれません。しかし、いま地球温暖化対策としてのCO2の排出削減にお金のかからない方法は、化石燃料の消費量を節減することです。また、下記の私どもが提言する化石燃料の年間消費を今世紀いっぱい2012年の値に抑えた場合のCO2排出量は、2.9兆トンと計算されます。これらの値であれば、もし、IPCCの仮説が正しかったとしても。気象学の歴史のなかで、人類が温暖化に耐えることができたとされる温度上昇幅2 ℃以内が可能になります。以上、詳細は、私どもの近刊(文献2)をご参照下さい。

 

 ④ パリ協定の目標を地球温暖化対策としてのCO2の排出削減から、地球上に残された化石燃料資源を全ての国が分け合って大事に使うためのその消費の節減に置き換えることで、私どもが訴える“世界平和の創設のためのパリ協定”の貢献が見えてきます

いま、世界で、そして、人類の生存にとって、地球温暖化より怖いのは。化石燃料消費の国別の不均衡による貧富の格差がもたらした国際テロ戦争ではないでしょうか?
2014年 8月以来、米国などの有志連合が、イラク、シリア国内のイスラム国(IS)による占領地を空爆してきましたが、このような軍事力によって、宗教と結びついたISを抹殺することができなかったばかりか、国際テロ戦争とよばれる世界平和の侵害を引き起こしてしまいました。私どもは、国際的な貧富の格差の解消のみが、このISによる国際テロを防ぐ唯一の道と考え、次のような方法を提案しています。
それは、化石燃料の枯渇が近づいているいま、全ての国が、残された化石燃料をできるだけ公平に分け合って大事に使うことです。具体的には、2050年を目標に世界の全ての国の一人当たりの化石燃料の消費量を2012年の世界平均値1.54石油換算トン/年の値に等しくします。ただし、各国の人口の年次増減の比率が違っていますから、公平性を守るために、2050年の各国の目標値には、この人口補正を行うものとします。
この私どもの提言案が実行されれば、表2の試算例に示すように、地球上に残された化石燃料を、今世紀いっぱい、何とか使い続けることができます。したがって、残された今世紀末までの期間に、やがてやって来る化石燃料資源の枯渇に備えて、いま、その利用が進められている自然エネルギー(国産の再生可能エネルギー)のみを使って、何とか、人類が生き残ることのできる社会を、世界中が協力して創り上げて行けばよいのです。

表 2 化石燃料消費を節減して使う私どもの提言案の根拠となる試算例
(エネ研データ(文献1 )に記載のBP社のデータとIEAデータをもとに試算)

BP社のデータから、2012年末の地球上の化石燃料の確認可採埋蔵量(石炭、石斧、天然ガスの合計);925.4×09 石油換算トン(A )
IEAデータから、2012年の世界の化石燃料消費量(石炭、石油、天然ガスの合計);
10.531×109石油換算トン/年(B )
今後の世界の化石燃料消費量を、この2012年の値に保った場合の化石燃料資源の使用可能年数; ( A ) / (B) = 925.4 / 10.531 = 87.9 年

実は、この私どもの提言案が、パリ協定として実行されようとしているのです。それは、パリ協定が目的としているCO2の排出削減が、化石燃料消費の節減によって達成できるからです。ただし、経済成長のエネルギーの主役を占める化石燃料資源の枯渇が迫るなかでの化石燃料消費の節減では、経済のマイナス成長が要請されます。これを、素直に受け入れながら、このマイナスを最小に保つ方法が、省エネの徹底と、それで、不足する分の自然エネルギー、すなわち、国産の再生可能エネルギー(再エネ)への依存でなければなりません。
ところが、いま、パリ協定で決められた地球温暖化対策としてのCO2の排出削減では、その実行を可能にするための科学技術的な考察、検討が一切行われずに、地球の正義を守るための“CO2排出削減のためのCO2排出削減”が行われようとしています。
これに対して、私どもは、パリ協定のための協議を行うCOP 21の場に、上記の各国のCO2排出量の削減目標を、私どもが提言する化石燃料消費の節減目標に変えて頂くことを訴えましたが、無視されました。詳細は私どもの近刊(文献2 )を参照して頂きたいと思いますが、私どもは、この私どものこの提言案の実行こそが、パリ協定を成功に導く唯一の道だと固く信じています。さらには、CO2排出削減でなく、化石燃料消費の節減であれば、経済力のある大国による化石燃料の独占による貧富の格差の拡大を防ぐことで、いま、世界の恐怖になっているISなどによる国際テロ戦争を防止することもできるはずです。

 

⑤ パリ協定を科学的に合理性をもったものに見直すべきとしたら、トランプ大統領のパリ協定再交渉の訴えが、その機会を与えるものになります

このように見てくると、パリ協定からの当面の離脱とともに、その見直しのための再交渉を要求するトランプ大統領の発言を、単に自分勝手な不条理なものだと決めつけることはできないのではないでしょうか?
トランプ大統領が、上記したような、現行のパリ協定の矛盾を理解した上で、協定離脱を発言したとは考えられませんが、協定の見直しのための再交渉も訴えている大統領の要望を叶えて上げることは、地球にとっても、人類の生存にとっても必要と考えるべきです。 それは、 CO2の排出削減であれ、化石燃料消費の節減であれ、世界第2の化石燃料消費大国の米国の協力が無ければ、その目標達成は不可能だからです。
米国との安保条約を結んでいる日本政府には、世界平和の創設のためにも、パリ協定を化石燃料消費の節減の交渉の場に変えることを、世界に訴えて頂くことを、改めて強くお願いします。それができなければ、化石燃料資源が枯渇に迫る地球上で、真っ先に経済的な苦境に陥るのは日本だからです。

 

<引用文献>
1.日本エネルギー経済研究所 計量分析ユニット 編;EDMCエネルギー・経済統計要覧2017, 省エネルギーセンター、2017年
2.久保田 宏、平田賢太郎、松田 智;改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉――科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する――電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月5日

 

 ABOUT THE AUTHER
久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他

平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。

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