スイスの経済は?:ジュネーブ便り5

スイスと言えば、アルプスの少女ハイジ、アルプスに広がる畜産業が思い浮かびます。しかし実際は畜産業を含めた第1次産業の従事者数は172000人で、全労働者人口の4%しかありません。一方、第二次産業従事者が占める割合は25%、第三次産業は71%となっており、日本に近い就業構造になっています。

スイスの国土は日本の九州よりやや広い程度と狭く、さらに多くは美しいアルプスの山々で覆われ、耕作可能な土地はあまりありません。そのため国内で生産される食料だけでは自給自足には不十分であります。これといった天然資源もないため、スイスは食物から工業製品用の天然資源まで輸入に頼らざるを得ません。そこで外貨を稼ぐため、国外に市場を求め、国外から輸入した原料を加工して、製品の輸出を行っています。
国際市場で勝ち残っていくために、大量生産ではなく原料や半製品を輸入し高品質のブランド商品を作っています。2003年には、スイスに輸入された品目は約2.25倍の価値の製品になって国外に輸出されています。

このように
一見日本と良く似た経済システムとなっています。しかし実際は、ヨーロッパの歴史の中で生まれたスイス固有の経済システムであります。

主な製造業は、機械・電気産業、製薬産業、時計産業です。この中で時計産業は、ロレックスに代表される高級時計で有名です。スイスの時計生産高は世界の時計全生産高の
5割を占め、2002年の統計ではスイス時計1個の平均輸出価格は362フラン(3万円強)でありました。

この時計産業の元は、16世紀の宗教改革の時、主にフランスからやってきた宗教難民が手に持っていた技術であります。ジュネーブの旧市街南端にあるバスチヨン公園には、ジュネーブでカルヴァン派の宗教改革を推進した4人の、高さ
6mという巨大な立像(写真)があります。しかし、このうち3人はフランス出身者、もう一人はスコットランドの出身で、4人とも宗教難民であったわけです。


宗教難民が持ってきた技術にスイス人の勤勉さと正確さが加わって、
300以上の部品からなる高級時計が作られました。高級時計を1つ作るのに手作業で150時間、有名な時計職人による名作は完成までに2000時間を要すると言われています。時計の販売価格のうち材料費が占める割合はごく一部でほとんどが人件費であります。

製造業以外の産業としては、金融産業、観光産業、保険産業、貿易産業が挙げられます。

スイスの金融産業は、スイス経済を支える柱となっています。
2009年のデータでは、スイスの銀行にフルタイムで勤めている人の数は、12万人以上で、スイスの全労働者人口3%を占めています。スイス・ユニオン銀行(UBS: Union Bank of Switzerland)とクレディ・スイスは、貸付額がスイス国内市場全体の3割以上を占める、世界をリードする巨大銀行であります。

一言で「スイス銀行」というと、スイスを拠点とし、スイス銀行法に基づいて運営されている銀行のことで、
スイス・ユニオン銀行のことではありません。ですから「スイス銀行」という単一の銀行は存在しません。スイス銀行という場合は、おそらくその数300を超えるスイスプライベートバンクを指していると思われます。口座名義が契約者の任意の番号で管理され、名義人が表示されない匿名口座を開設することが可能で、守秘性が非常に高いことが特徴です。この高い守秘性を得るためには最低1000万円ほど預けなければなりません。このため、北朝鮮やテロ集団の巨額の資金が隠されているという噂もあります。このようにして巨額の資金が集まり、その保管する手数料だけでも莫大な額に上ります。

国境を越えて個人顧客の資産を管理・運用する
オフショア・プライベートバンキングは、スイスの銀行が世界でトップを占めている業務であります。2007年の調べによれば、スイスの銀行が国外の総個人資産の約27%を管理していました。

なぜこのようなプライベートバンクが生まれたのでしょう?「ジュネーブ便り1」で述べた通り、周辺国との長い戦争の末、スイスは国民皆兵制で、精強な軍隊を保有する重武装の
永世中立国となりました。また国連をはじめとした国際機関の本部やオフィスが多数あり、さらに各国の王族、貴族、富豪の資金を保管していることから、他国からの侵略を受ける可能性は非常に低い安全な国となりました。

ここからは私の勝手な解釈です。おそらくスイスへの信頼は、時計産業で述べた通り、
スイス人の勤勉さと正確さから生まれたのだと思います。皆様も経験したと思いますが、他のヨーロッパ諸国では列車が遅れることは当たり前です。しかしここスイスでは23分でも「遅れている」ということになります。この国民性のため、信頼され、各国の王族、貴族、富豪がスイスの銀行に預けるようになったのでしょう。各国の要人の財産を握っているわけですから、どの国も戦争を起こすことはできません。永世中立国になり、信頼はさらに高まり、全世界の富豪の財産が集中したのでしょう。

スイスフラン対円相場を見ると、最近の
23年は、一時1フラン100円を超えることがありましたが、これを除けば80円―85円を行ったり来たりです。ユーロ、米ドルが最近対円に対し急落しているのと比べると大変な違いです。ヨーロッパのことわざでは「スイスフランは金より堅い」と言われるほど、スイスの通貨の信頼性、安定性は古来よりヨーロッパ諸国に知れ渡り、世界から資金が集まるようになったとのことです。ある日本の女優と有名な元F1レーサーのカップルがジュネーブに在住しているのもこれが理由かもしれません。

スイスは、国境が地続きであることもあって、ヨーロッパにおける宗教改革や長い戦争などの多くのつらい歴史を経験しました。その点、海に囲まれた日本とかなり違います。現在のスイスの政治・経済システムはこうした歴史と国民性から生まれた固有のものです。

しかしスイスフラン同様、円も安定しています。このことはスイス同様、日本人の勤勉さ、正確さを世界が評価したためなのでしょう。であれば、日本は従来通り、勤勉であり、正確であるべきです。そうすれば日本は世界から信頼され、将来も発展していくのだと思います。

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