アベノミクスは日本経済を破綻の淵に陥れる(その6)  経済危機下の「財界総理」に求められる経団連の存在意義

東京工業大学 名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部・副本部長 平田 賢太郎

(社会、経済の危機的状況下で、経団連会長の見識と力量が問われている)

“危機下の「財界総理」”インタビュー、これが朝日新聞(2016/10/7)のオピニオン欄のタイトルである。その前半部のサブタイトルは、
“「憲法は後でいい」 経済最優先を提言 放置なら日本消滅”
とあり、そのはしがきに、
“・・・1950 ~ 70年代にトップについた経団連会長の石坂泰三氏や土光敏夫氏らは、「財界総理」の異名で仰ぎ見られた。培った見識を強みに、時の政権に物申し、対決することもいとわない権威の重みからだった。その力の失墜が叫ばれて久しい経団連。存在意義はどこにあるか。榊原定征会長に聞いた・”
とある。
「財界総理」と呼ばれて、かつての高度成長期の経済界を支えた石坂、土光両氏らの先輩との比較で、力の失墜を言われる経団連の現会長榊原氏にはいささか気の毒なインタビューであるが、いままさに、マイナス成長を余儀なくされて危機下にある日本経済のかじ取り役をまかされている現会長に対し、現政権の「アベノミクス」に追従するのではなく、この危機回避のために、敢えて物申す勇気を求めたのが、このインタビューの目的であったのではないかと考える。

 

(成長の終焉に対する榊原氏の認識の欠如が安倍政権の経済最優先を支持している?)

このインタビュー記事のタイトルにもある日本の社会や経済の「危機」の現状について、榊原会長は、“問題を放置して安住したら、大変な道を歩む危機的な状況です。次の世代に、こういう社会を引き継いではなりません。”と前置きしたうえで、この危機感の内容について、日本のGDP(国内総生産)の減少の実態を、国際社会における日本の経済的プレゼンスの減少であると、統計データをもとに説明するとともに、“一方、年間の社会保険料給付はすでに 100兆円の大台を超え、国の予算を上回ります。放っておくと、25年度には150兆円ほどになる。しかも高齢者向けは大幅に増え、子供や働き世帯へはほとんど増えていない。医療費は、40兆円を超え、国と地方を合わせた長期債務残高は、GDPの2倍超です。これほど債務を抱えている先進国はありません。この流れを変えないと日本はまさに消滅してしまいます”と述べて、日本の危機の具体的な内容が、社会保障費用の増加による国家財政の破綻にあるとしている。
この社会保障費用の増額を抑える具体案については、この対談の後半に一部触れられているが、この流れを変える方策として、榊原会長は、GDPを増加させるための政治の役割を強調している。
この対談のインタービューアーの朝日新聞編集委員駒野剛氏は、経団連会長に就任して以来、憲法改正の宿願を達成することを目標としながら、当面は、経済最優先で政治勢力を拡大している安倍晋三首相の政治戦略の積極的な支持を表明している榊原会長に対して、この安倍首相の憲法改正の願望の実現との関係で、――危機下にあって、政策実行の優先順位をどう考えますか。と質問している。
これに対して、榊原会長は、“政治課題としての憲法改正を後回しにして、経済最優先を提言することが経団連の使命だ”と応えるとともに、“具体策として、財政破綻の危機の原因となっている社会保障費の増加に対処するために、『消費税率 10 % への引き上げは法律通りの実行を』との以前からの主張を引っ込めて、この増税延期の首相の判断を支持したのは、日本経済の本来の力を引き出すためにも、財政出動でしっかり対策をとって欲しいからで、今回、世界経済全体に下ぶれリスクがあるとみた首相が、主要7ケ国(G 7)首脳会議の議長として下された重い政治決断を、私は『尊重します』”と応えている。
さらに、―― 政権に近すぎませんか。との質問に、“危機のいま、・・・日本丸という船が暴風雨のなかを漂流しているときに船長と機関長がけんかし、互いを批判している暇はない。一致協力して、きっちり船を目的地まで着かせないといけない。オールジャパンで難題と取り組む時期です”とまで述べている。
しかし、この対談で示された榊原会長の考えには、大きな問題があることを、ここで指摘したい。それは、先ず、危機感の認識に関してである。世界一の財政赤字を、日本の社会・経済の危機としている認識は正しいとしても、日本のGDPの減少を危機と捉えるのは誤りではなかろうか。私どもは、それは資本主義社会での成長の終焉(文献 1参照)によってもたらされた必然の結果だと考える。
いま、榊原会長が財政破綻の危機を招いているとする社会保障制度は、かつての高度経済成長時の成長の継続を前提として設計されたものである。したがって、いま、日本経済がマイナス成長を余儀なくされるなかで、現在の社会制度が破綻しているのである(文献 2 参照)。
ここで、科学技術の視点から日本経済の危機について考えて見る。日本経済は、輸出と輸入のバランスを保つことで成り立っている。あまり経済の専門家の方には認識されていないようだが、成長のためのエネルギーが必要である。そのエネルギー源である化石燃料資源が枯渇に近づき、その国際市場価格の上昇がもたらした世界経済の不況下では、日本の輸出産業は、もはや成長が限界を迎えている(文献 3 参照)。
エネルギー資源のほぼ全量と食料の過半を輸入に依存する日本が、経済の成長を訴えるアベノミクスによって内需拡大を図れば、貿易収支がとれなくなるのは必然である。財政収支の赤字に貿易収支の赤字が重なれば、日本経済は破綻を免れることができない。
これに対し、いや、経済のグローバル化により、海外で稼いで、経常収支が保たれればそれでよいではないかとの考えもある。しかし、それでは、国内の雇用が確保できないから、大きな社会問題に発展するだけでなく、海外進出企業の収益は上がるかも知れないが、国民の利益は減少する。グローバル化が進む世界では、企業のみが生き残り、国民にとっての日本国は消滅の危機を招きかねない。
榊原会長が全面的に支持している「失われた20年を元に戻すためのデフレ対策としての2 % の物価上昇を目標とするアベノミクスの超金融緩和政策」は、そのかじ取りを誤ると、取り返しのつかないハイパーインフレーションを招き、日本経済の破綻を早めかねないとの厳しい指摘もある(文献 2 参照)。
いま、経団連に問われているのは、榊原会長の訴える、政経一体となって、アベノミクスを推進することではない。いや、それとは逆に、いま、世界の資本主義経済に強いられているマイナス成長の時代に生き残る我慢強い経済政策を立案・提言し、政治にその実行を促すことでなければならないと私どもは考える。

 

(経団連の存在意義が厳しく問われている)

このインタービュー記録の後半部のサブタイトルは、
“若者が夢に挑む 風土をつくる責務 改革の旗手に”
とされているが、具体的な対談の内容は、このタイトルとは一致しない。
そのなかで、先ず、―― 経団連の会長就任から2年、政経連携の成果は何ですか、
――限界や副作用も指摘されている安倍政権の経済政策「アベノミクス」を手放しで評価する段階はもう過ぎたでしょう。とのインタビューアーの駒野氏のいささか厳しい質問に対して、
“アベノミクスは、最初の3 年間は大きな成果を上げたと評価しますが、その後は十分な形になっていないのは確かです。”とした上で、“構造的な問題を、十分踏み込んでいないのではないか。成長戦略のあり方を見直す必要がある。”と、アベノミクスの見直しの必要性を認めた榊原氏は、さらに、
――危機の認識がある社会保障では、何を提言しますか。との質問に対して、
“社会保障制度は、いまのままでは持続できません。所得のある75才以上の医療費の自己負担は1割ではなく、2割、3割に増やしていただく。医療機関で診察を受けた人は、一定額をさらに負担する。・・・いずれも医療費増加の抑制につながりますが、それこそ夜討ちに遇うかもしれない覚悟で取り組まなければならない。・・・かつての行政改革より、もっと重要な改革です”と、・社会保障制度のなかの医療制度について、その改革の必要性を訴えている。
先にも述べたように、経済成長が今後も継続するとの前提でつくられた日本の社会保障制度は、成長のためのエネルギー源の国際市場価格の高騰が予想されるなかで、すでに破綻をきたしている。
したがって、この社会保障制度を具体的にどのように改革するかを考える前に、政治と経済の責任者は、先ず、いま、日本経済がマイナス成長を強いられている現実を正しく認識する必要がある。この認識は、憲法改正の宿願の達成を目的として、政治権力を強固にするために民意を集めようとして、さらなる成長を求めているアベノミクスの経済政策がやがて崩壊せざるを得ないとの厳しい認識につながるべきである。これを言い換えると、榊原氏の訴える、日本経済の構造改革を促すためには、成長ができなくなったなかで成長を求めているアベノミクスを、見直してはなく、一歩踏み込んで、否定することでなければならない。
したがって、経団連会長としての榊原氏に求められるのは、氏が日本経済の危機と認めている財政破綻を防ぐための社会保障制度の改革を訴える前に、さらなる成長を求めて、いま、公共投資などの財政出動により財政赤字を増加させているアベノミクスの否定を、安倍晋三首相に率直に訴える勇気と識見を持つことでなければならない。
これこそが、「財界総理」と言われ、時の政権にもの申し、対決することもいとわなかった石坂、土光両氏との比較で、その力の失墜が叫ばれて久しい経団連の存在意義を取り戻すことである。
このような、具体的な政策提言も行わないで、――社会に夢や志を指し示せなくなれば、経団連の存在意義はないのではありませんか。との質問に対し、“・・・国の将来を見越した国家政策をきっちり提言し、実現するために行動して日本に活力を取り戻し、次の世代へと引き継ぐ。これができれば、存在価値は社会から認めていただけると思います”との榊原会長の答えは、ただただ空しく聞こえるだけである。

<引用文献>
1.水野 和夫; 資本主義の終焉と歴史の危機、集英社新書、2014 年
2.志賀 櫻;タックス・イーター――消えてゆく税金、岩波新書、2014年
3.久保田宏、平田 賢太郎、松田 智;化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉、科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する、私費出版、2016年

 

 ABOUT THE AUTHER
久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他

平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。

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