科学技術の開発可能性とは

技術の実用性というものは一口では表せないほど複雑なものを含んでいると思いますが、簡単に言えばその時その時の経済性によるものでしょう。いくら環境に優しくても、持続性に優れていても、その時点でのコストが高ければ使ってもらえません。

現在のエネルギー技術で言えば、補助金がなければやっていけないものや廃棄物処理のコストを無視しているものなども正当に繰り入れた上で考えてみると、実用性があると言えるものは電力エネルギー源としては、火力(石油・石炭・ガス)、および水力(既存のダム)、内燃機関エネルギー源としては石油・天然ガス、高温高圧エネルギー源(ボイラー燃料)としても石油・石炭・天然ガスでしょう。

 

正当な経済的判断以外で使用されているエネルギー技術は、政治的な意味での原子力以外は何らかの補助金を注ぎ込んでコストをカバーしているものと言えます。

そのような無駄金ともなりかねない政策を支持しているのが、「今は駄目でも技術開発の壁を打ち破ればコストが劇的に下がって実用化できるかも」と言う論理です。

すべての分野での技術開発でこの論理が繰り返し主張され、研究費や補助金として多額の費用があてられているのは周知のことでしょう。

 

この思考法の根底にはこれまでにいくつもの分野で目覚しい技術の向上があったことを前例としていることは間違いありません。

高値の花であった自動車が大量生産技術の発展により桁違いに安価になっていき、誰でも買える金額となることで爆発的に普及して社会の形自体を変えてしまったのもその一例です。

電気通信分野では年単位どころか、日時単位で技術改良が相次ぎ、少し以前の社会風景とは違ったものが目前に展開しています。

 

しかし、どのような分野でもこういった目覚しい技術革新が起こっているのでしょうか。いや、どうも多くの分野では革新の程度もごく限られたもので、せいぜい”あまり変化は無いが少しずつ進歩はしている”と言った方が正しいのではないかと感じています。(このあたり、適切な例を提示することは難しいのですが、皆様それぞれの専門分野でお考えください)

 

その中でも特にエネルギー関連分野の技術革新の進化と言うものは他の目覚しい発達をする分野に比べて遅いように見えますがいかがでしょうか。(あくまでも素人目の観察です。専門家の方の否定意見があればどうぞ)

風力発電ではいくら羽根の形状や発電装置の効率化を図ったとしても桁違いに発電量アップとはいかない様に思います。太陽光発電では確かに発電パネルの効率はどんどん上がっているようですが、それも使用できる太陽光と言う上限が決まっており、たとえ変換効率100%になったところで大したものではなさそうです。蓄電装置の付加が必須となれば、エネルギー問題だけでなく資源問題も抱え込むことになります。

水力発電にしても部分的な改良はあるようですが、桁違いに上昇すると言うことはなさそうです。

 

永久機関の発明と言うものは、原理的な制約が解明されているためにまともな学会では相手にされず、特許も取る事はできないということです。エネルギー関連の技術開発も同様な対応はできないものでしょうか。いくら能力が上がっても「せいぜいここまで」という所は共通の認識で設定できるような気がしますが。

それで適正な判断ができて無駄金は使わずに済ませられないものでしょうか。

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