常識と神話の挟間で その1 原発か経済か

 常識は常に間違っている
これはトヨタ興隆の父、大野耐一、元副社長の有名な言葉である。トヨタのカイゼン、「必要なものを、必要なときに、必要なだけ作る」と、無駄のない企業活動を推進した、「Just in Time」として知られる。

これはアメリカの環境の書、「Natural Capitalism」、Paul Hawken著に出てくる話である。これに「無駄」はそのまま「Muda」として記載されている。 ホーケンは、この大野のトヨタ戦略を環境保護の切り札的言葉として大いに褒めている。

今はその逆,如何に無駄を国民に強いるかに懸命な日本、そして世界の指導層だ。 経済は大事、それをGDPで計る、経済成長至上主義だが、この一見当たり前の常識にも間違が、なぜなら有限地球で無限成長などありえないから、GDPと言う経済尺度も間違いだからである。

原発か経済か
これは原点で間違っている、先ず原子力エネルギーは無限でない、そして経済成長至上主義も、神話、幻想だからだ。

元来、原発は人類、環境と共存出来ないのである。 フクシマは世界で最も技術力のある、技術大国日本で起こった。 私ですら、日本の原子力関係技術はもっと優秀、マシだとおもっていた、だがそれが神話だった、と3・11で、いやと言うほど思い知らされた。

ポジティブ・フィードバックのかかりやすいシステム、それが原発だった、使用済み核燃料ですら相当期間冷やし続けなければならない、そうしないとメルトダウンする、そのような機械システムなど他に類がない。

原子力エネルギーは無限ではない
ウラン資源も有限だ、これは当然だが、海水ウランと今も言う人が少なくない、原子力ムラの中枢にもいるのである、直截何回も聞いている。資源は質が全てを理解していないのだが、それはEPRを知らないという事で間ある。念のためだが、それはエネルギー収支比:Energy Profit Ratioのことである。

核エネルギーリサイクルが無限神話の拠り所であるが、それは六ヶ所村の再処理,そして、もんじゅであるが、いずれも技術的に未完成である。海外ではフランスのスーパーフェニックスの撤退が象徴的である。

更にある、核廃棄物最終処分であるが、アメリカがヤッカマウンテンの撤退したので、世界で唯一がフィンランドのオンカロで、10万年後の安全で知られる。これは18億年前の古い安定地塊、地層の中に建設されている。そのような古い安定した地層は日本にないのである。

そしてもう一つの神話
それは原子力ムラと今称される技術集団、そして技術以外の関連する人達のあまりの頼りなさ、脆弱さである。その驕り、自然への畏敬の念の欠落は常識を遥かに超えるものだった。正のフィードバックシステムを扱うには、あまりにも不用意な人々だった。

そして3・11が起こったのだ。地震、津浪は繰り返し、三陸地方を襲っていたが、いつの間にかそれを忘れた。 まさに「天災は忘れた頃にやってきた」のである。 原子力ムラの安全神話こそが、フクシマ最大の誤り、痛恨の極み、やはり「常識の間違っていた」のである。

8・15と3・11は同根
この体質は、日本社会に深く根ざすもののようだ。一旦動き出すと、もう止められない、日中戦争、太平洋戦争突入まで、その後の戦中も撤退の機会があったが止められなかった。そしてフクシマ、同じ体質が働いたようだ。 8・15と3・11は同根、同じ日本社会の常識が、時代を経て顕在化、今回の国難、国民の辛苦、不幸を惹起したようである。 そしてその病根は今も続く、繰り返しその姿を現す、典型が原発の再開論、理由は同じ「原発は経済浮揚に欠かせない」だが、この「常識」は本当だろうか。

低エネルギーとピーク電力平準化で、電力不足は解消
電力不足には原発再稼動が必要、と政府は言うが、この常識は間違っている。 もう「Easy Oil」の時代は終る、有限地球で無限の経済成長は不可能、エコノミストの成長神話はいずれ終焉するしかない。

以上。
(続きは、その2)

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