化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉―― 日本が生き残るために、水野和夫氏の「閉じてゆく帝国」をどうやって創る?

東京工業大学 名誉教授  久保田 宏
日本技術士会中部本部・事務局長 平田 賢太郎

(要約)

① 水野和夫著;「閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済(文献 1 )」が、近未来の世界経済の動向を予測するもとして、大きな話題になっています
② 水野氏は、「閉じてゆく帝国」におけるゼロ金利、ゼロ成長を強いられる「定常状態」への移行には、それを阻む三つのハードルがあるとしています
③ 化石燃料の枯渇後、その代替の再エネの利用では経済成長を望むことはできません。これが、水野氏の「閉じてゆく帝国」の経済を「定常状態」へ移行しなければならない理由です
④ 化石燃料枯渇後の再エネのみに依存する「閉じてゆく帝国」では、経済を支える再エネの有効利用比率の値は大幅に小さくなることが予想されます。各国が協力して、その経済的な困難を乗り越えることが、貧富の格差を解消し、世界平和のなかで人類が生存を継続できる道です
⑤ 成長のエネルギー資源を輸入に依存してきた日本が、「閉じてゆく帝国」のなかで生き残るには、アベノミクスの成長戦略を放棄するとともに、世界では、「パリ協定のCO2排出削減を化石燃料消費の節減に変える」私どもの提案の実行に世界各国の協力を求めるべきです
⑥ 補遺:「閉じてゆく帝国」の地域経済圏を支える自給エネルギー源としてのバイオマスのエネルギー利用には、大きな限界があります

 

(解説本文);

 ① 水野和夫著;「閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済(文献 1 )」が、近未来の世界経済の動向を予測するもとして、大きな話題になっています

「資本主義の終焉と歴史の危機(文献2 )」の著者、水野和夫氏による近刊「閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済(文献1 )」が、いま、大きな話題になっています。
この水野氏の新刊の「はじめに」には、1970年代から世界に影響を与えてきた新自由主義的な考えのもとで、「世界全体を豊かにし、あらゆる国で民主化を進める、不可避で、不可逆の現象だ」としてもてはやされてきた世界の政治・経済のグローバル化に背を向ける動きが、先進諸国の間に広まってきたと記されています。
その上で、何故こんなことになったのかについて、水野氏は、グローバルに活動しなければ競争に負けるとしてきた産業資本の側が、経済成長のためのフロンテイアを失って、資本主義が終焉を迎えようとしている(文献2 )なかで、僅かでも利潤が得られれば、あらゆる国境をこえて、なりふり構わず「蒐集」を行うようになったからだとし、これこそがグローバル化の正体で、国内の格差や貧困という形で、しわ寄せを受けたのが99 %の一般国民だとしています。
水野氏は、また、そうした現実が先進国のなかで目に見える形で現れてきたため、グローバルな資本がもたらす不安定性から自分たちを守ってくれる「国民国家」の強化を求めるようになり、世界が「閉じてゆく」プロセスに突入したとしています。さらに、利潤をもたらしてくれるフロンテイアを求めるために、地球の隅々にまでグローバリゼーションを加速させて行くと、地球は有限で、いつかは臨界点に到達し、膨張は収縮に反転する――自己増殖を目的とする資本主義が限界に達している現在、これは当然のなりゆきだとしています。
最後に、水野氏は、いま進んでいる国民国家へのゆり戻しという動きの延長線上に「歴史の危機」を乗り越える解決策はないのではないかとしたうえで、世界が、いま再び帝国の時代に向っているなかで、国民国家の基盤である500年続いた近代システムが、資本主義の歴史とともに終わりを迎えつつあるなかでの日本の進む道を私たちは考えなければならないとしています。

 

 ② 水野氏は、「閉じてゆく帝国」におけるゼロ金利、ゼロ成長を強いられる「定常状態」への移行には、それを阻む三つのハードルがあるとしています

水野氏は、いま、資本主義の終焉が迫るなかで、日本経済は、成長至上主義と決別して、ゼロ金利、ゼロ成長を強いられるなかでの「定常状態」に移行すべきとして、この日本経済の定常状態への移行を阻む三つのハードルを挙げています。
その一つは、財政の均衡です。社会福祉政策の財源の確保のための消費増税対策で党内意見を纏められなかった民主党から政権を奪還するのに成功したアベノミクスのさらなる経済成長戦略が、いま、世界一と言われるこの国の財政赤字を積み増しています。具体的には、日銀が840兆円もの普通国債を保有しています。日本経済が、この財政赤字の積み増しのなかで破綻を免れているのは、現在、民間の実物資産や個人の金融資産の総額が、国の借金1200兆円を上回っているからだとしています。しかし、財政赤字がさらに増加して、これらの国内資金で消化できなくなると、国外の投資家に国債を買って貰わなければならなくなり、金融市場が外国の投資家に振り回されて、ギリシャのようになります。
第二のハードルは、エネルギーの問題です。現在、経済成長を支えているエネルギー源の主体である化石燃料資源が枯渇に近づき、その国際市場価格が高騰すれば、そのほぼ全量を輸入に頼らなければならない日本経済は大変なことになります。有限の化石燃料に変わるエネルギー源として、大きな期待を集めて進められてきた原子力エネルギー利用への夢が、3.11福島の事故で、その利用に対する国民の多数の反対と言う大きな壁ができました。原発電力が利用できないとなると、有限の化石燃料に代るエネルギー源は、自然エネルギーとも言よばれる再生可能エネルギー(再エネ)に依存するしかありません。化石燃料の枯渇後の「閉じてゆく帝国」の経済を支えるエネルギーは、全ての国で、国産として自給できる再エネです。しかし、現状で、今すぐ、化石燃料の代替として、この再エネを利用するには、大きな経済性の壁があります。水野氏もこれを「エネルギーの崖」とよんでいます。
この「エネルギーの崖」をどうやって乗り越えて、ゼロ金利、ゼロ成長の「定常状態」へと移行するかにつての水野氏の主張は、私どもの近刊「化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉(文献3 )」での主張を、経済学者の立場から理論づけて頂いたものと考えます。本稿では、科学技術者の立場から、この「エネルギーの崖」の問題について、私どもの考察・検討を付け加えさせて頂きたいと考えます。
なお、「定常状態」への移行の第三のハードルとして、水野氏は、日本を地方に政治的な分権を与えた5 ~ 6の経済圏に分けるべきだと主張しています。一頃、大きな話題になった「里山資本主義」の考えの支持を表明していると考えられます。しかし、この地方経済圏を支えるとされている再エネの自給について、一般に知られていない、あるいは誤解されていると言ってよい問題点の存在を、私どもの私見として本稿の ⑥ 補遺として付記します。

 

 ③ 化石燃料の枯渇後、その代替の再エネの利用では経済成長を望むことはできません。これが、水野氏の「閉じてゆく帝国」の経済を「定常状態」へ移行しなければならない理由です

経済学の視点からの水野氏の見解として上記したように、経済成長を支えていたエネルギー源の化石燃料が枯渇を迎えようとしています。この有限の化石燃料の枯渇後に、その代替として用いられなければならない再エネの利用では、もはや、経済成長は続けられません。これが、マイナス金利、ゼロ成長を強いられる、水野氏の言う「閉じてゆく帝国」におけるエネルギーの「定常状態」への移行で、科学技術の視点から見た歴史の必然と言ってよいでしょう。
ところで、経済成長を支えるエネルギーは、それを生産する時にエネルギーを必要とします。これを私どもは「投入エネルギー」とよんでいます。したがって、生産されたエネルギー(私どもは、これを「産出エネルギー」とよんでいます)から、この投入エネルギーを差し引いた値が、私どもの生活や産業のために有効に使用できるエネルギーです。この値の「産出エネルギー」に対する比率を、私どもは、対象とするエネルギー源の使用での「有効エネルギー利用比率」とよんでいます。これを、式で表すと、
「有効エネルギー利用比率 η」
=(「産出エネルギー」-「投入エネルギー」)/(産出エネルギー)
= 1 – 1 /(「産出 / 投入エネルギー比μ」)             ( 1 )
ただし、
「産出 / 投入エネルギー比μ」=「産出エネルギー」/ 「投入エネルギー」   ( 2 )
この「産出 / 投入エネルギ―比 μ」の値はEPR(energy profit ratio )ともよばれ、水野氏の近刊(文献1)では「エネルギー収支比」としています。
この ( 1 ) および ( 2 ) 式の [産出 / 投入エネルギー比 μ] と「有効エネルギー利用比率 η」の関係を図示したのが、水野氏の近刊(文献 1 )にも記載されている図1 です。

図 ⅰ エネルギー源の「産出 / 投入エネルギー比 μ」と「有効エネルギー利用比率 η」の関係(本文 ( 1 ) および ( 2 ) 式の関係)

現代文明社会で、最も貴重なエネルギー資源である原油について、この水野氏の近刊(文献1 )でも、1970年代(石油危機の起こった)に、原油の「エネルギー収支比」が30になったと記されており、“化石燃料のエネルギー収支比の値が10を切るということは、化石燃料が無限に使用できると言う神話が崩壊することにほかなりません”とあります。
すなわち、人類が、現在のように、化石燃料の大量消費を継続すると、安価に採掘できる化石燃料資源が少なくなり、その国際市場価格が高騰して、使えなくなる人や国が出てきます。すでにそれが現実のものになりつつあります。
この「エネルギーの有効利用比率η」あるいは「産出 / 投入エネルギー比 μ」の算出で問題になるのは、「投入エネルギー」の値です。この値の正確な算出には、対象とするエネルギー源の種類別に生産・使用の際に必要な労働力(人件費)を含む全ての「一次エネルギー消費(化石燃料資源換算量で表されるエネルギー)」の値を正確に推算しなければならないため、非常に難しい作業が必要とされます。そこで、私どもは、その簡易な概算値の算出のために、次の方法を提案しています。
例えば、化石燃料について、
「投入エネルギー」=(化石燃料の市販価格)
×(化石燃料の生産・使用のためのコストを稼ぐための一次エネルギー消費量C )   ( 3 )
ただし、このCの値の算出にも、化石燃料の生産・使用のために、人件費を含めた生産設備(資源の採掘などの)の製造・使用に必要な全てのコストを稼ぐための一次エネルギーが必要だとして、次式の方法を提案、使用しています。
C = (一次エネルギー消費)/(国内総生産 GDP )        ( 4 )
いま、この計算方法を使って、先物市場商品としての価格の乱高下を繰り返した後に下落、安定化した2015年度の日本の輸入原油のCIF 価格(産地の出荷価格に運賃と保険料を上乗せした価格) 37.016円/kℓをもとに、日本における原油のエネルギー有効利用比率ηの値を、日本エネルギー経済研究所編の「EDMCエネルギー経済統計要覧(以下、エネ研データ(文献4 )と略記)」を用いて試算してみます。
先ず ( 4 ) 式から、2015 年度の(化石燃料の生産・使用のためのコストを稼ぐための一次エネルギー消費量 C の値は、
C = (一次エネルギー国内供給470.4 ×1013 kcal)/ (GDP 517.9 ×1012円)
= 9.09 kcal/円
と概算されますから、日本にとって、この原油の使用での
「投入エネルギー」=(原油の輸入CIF価格 37,016 円/kℓ)×(C ; 9.09 kcal/円)
= 336.7×103 kcal/kℓ
となります。
一方、原油の発熱量から、その使用での
(産出エネルギー)= 9,145 ×103 kcal/kℓ
と計算されますから、
「産出 / 投入エネルギー比 μ」=(「産出エネルギー」;9,415×103 kcal/kℓ)
/「(投入エネルギー」:336.7 ×103 kcal/kℓ) = 27.2
と求められます。
したがって、現在(2015年度)の
(輸入原油の有効エネルギー利用比率 η)=1-1 / 27.2 = 0.963 = 96.3 %
と得られます。
石油以外の化石燃料、石炭および天然ガスについても、同様にして、それらの「有効エネルギー利用比率η」の値を試算することができます。このηの値を大きく支配するのは、それぞれの国際市場価格(輸入CIF価格)ですから、原油よりその輸入CIF価格が小さい石炭や天然ガスのηの値は原油より大きく、100 % に近い値になります。
これが、いま、化石燃料が、その生産と使用でのエネルギー投入量が無視されて、経済成長のエネルギー源の主体として用いられている理由です。

 

 ④ 化石燃料枯渇後の再エネのみに依存する「閉じてゆく帝国」では、経済を支える再エネの有効利用比率の値は大幅に小さくなることが予想されます。各国が協力して、その経済的な困難を乗り越えることが、貧富の格差を解消し、世界平和のなかで人類が生存を継続できる道です

現用の化石燃料資源が枯渇に近づき、その国際市場価格が高騰すれば、その使用での「投入エネルギー」の値が上昇し、その「有効利用比率η」の値が小さくなります。しかし、そんなことは無視して、化石燃料が枯渇しても、その代替としての再エネが利用できるから大丈夫だと考えているのが、この国のエネルギー政策の決定者です。
さらには、この再エネの利用が、いま、国際的に大きな問題になっている地球温暖化対策としての今すぐの利用になっていて、そのために、日本だけでなく、世界経済を支えるエネルギー政策に大きな混乱をもたらしています。
ところで、いま、世界経済を支えているエネルギー量は、その主体を担っている化石燃料資源量(通常石油換算量)で表される一次エネルギーの消費(または供給)量で定量化されます。この一次エネルギーは、電力と電力以外に大別されますが、現状では、一次エネルギー(電力)の一次エネルギー(合計)に占める比率は、国により違いがありますが、世界平均では35.4 % (2014年の値。エネ研データ(文献4 )に記載のIEAデータからの計算値)に止まります。したがって、この地球温暖化対策としての再エネの利用では、先ず、一次エネルギーとして2/3 近くを占める電力以外の部分の代替となるバイオ燃料など、バイオマスのエネルギーの開発・利用が進められました。
しかし、この一次エネルギー(電力以外)として期待されたバイオマスのエネルギーの利用には、経済性の問題だけでなく、量的に大きな制約があることが判ってきて(私どもの著書(文献5、6 )をご参照下さい)、バイオ燃料で走る在来の内燃機自動車に代って再エネ電力を直接利用した電気自動車が用いられるべきとなってきました。すなわち、地球温暖化対策としても、枯渇する化石燃料の代替としても、将来のエネルギーの主体は再エネ電力と言うことになります。
ところが、いま、この再エネ電力が、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が訴える地球温暖化の脅威を防ぐためとして、電力料金の値上げで、広く国民に経済的な負担を強いる「再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT制度)」を適用して、今すぐの導入が図られています。これに対して、枯渇する化石燃料の代替としての再エネ電力の利用であれば、慌てることはありません。化石燃料の枯渇には、まだ、多少の時間的な余裕があります。したがって、現在の化石燃料主体の発電コストに較べて、より安価に電力を生産できるようになった再エネ電力の種類を選んで、国民に経済的な負担をかけるだけのFIT制度の適用無しで、順次、その導入が図られればよいのです。
さらに、この再エネ電力の導入に際して注意しなければならない大事なことがあります。それは、化石燃料の代替としての再エネ電力の導入では、現状の化石燃料の有効エネルギー利用比率の値に較べて、その利用効率としての有効エネルギー利用比率の値が大幅に低下することです。
再エネ電力についても、上記(本稿②)の化石燃料エネルギーにおけると同様、再エネ電力有効再エネ利用比率 i 」の値を、上記 ( 1 ) および ( 2 ) 式と同様に定義し、その値を求めることができます。いままで、この再エネ電力についての i の値が求められてこなかったのは、上記(本稿③)の化石燃料におけると同様、再エネ電力の生産・使用のために必要な「投入エネルギー」の値を算出する簡易な方法が無かったためであると言ってよいでしょう。
地球温暖化対策として、FIT制度を適用して、今すぐの導入がはかられている再エネ電力について、この私どもの計算方法を用いて試算した「再エネ電力有効利用比率i 」の値を表1 に示しました。 ただし、この試算には、FIT制度の適用による再エネ電力の導入時(2012年7月)に、資源エネルギー庁により決められた再エネ電力の買取価格、再エネ電力生産設備費他の諸定数の他、現状の化石燃料が主体の市販電力料金の値等が用いられています。したがって、化石燃料の枯渇後、その国際市場価格は高くなって使えなくなり、再エネ電力の生産に、生産した再エネ電力が使われなければならなくなった時の再エネ電力の有効利用比率iの値は低下します。この時のi の値をi0として、表 1 に示しました。
また、再エネ電力のなかには、太陽光や風力のように出力負荷に変動があるものが含まれます。これらの再エネ電力の利用で、その出力変動を平滑化するための蓄電設備の製造と使用のコストが、再エネ電力生産設備の製造と使用のコストに等しくなると仮定した場合の「再エネ電力有効利用比率i 」の値も(有効再エネ比i )として表1 に示しました。

表 1 再エネ電力種類別の「再エネ電力有効利用比率i」の試算値
(資源エネルギー庁によるFIT制度の適用時、その認定に際して用いられた再エネ電力の設備費、設備の使用条件等の諸定数を用いて試算した)

注 *1 ; 「有効再エネ電力有利用比率i 」の略、*2 ;同上、再エネ電力の生産に再エネを利用した場合 *3 ;太陽光、風力で蓄電設備を考慮した場合の「再エネ電力有効利用比率i 」の値  *4 ; 同上(注*10 )、再エネのみに依存する場合のio の値

この表1 を見て頂くと判るように、再エネ電力の種類別の「有効利用比率 i 」の値は、その設備の立地によって、かなり大きなばらつきがありますが、それぞれの再エネ電力の種類別の平均値で見ると、化石燃料のそれに較べると、かなり小さくなることに留意しなければなりません。特に、日本で、その開発・利用が進められている太陽光発電が、際立って低い値をとります。

 

 ⑤ 成長のエネルギー資源を輸入に依存してきた日本が、「閉じてゆく帝国」のなかで生き残るには、アベノミクスの成長戦略を放棄するとともに、世界では、「パリ協定のCO2排出削減を化石燃料消費の節減に変える」私どもの提案の実行に世界各国の協力を求めるべきです

上記したように、化石燃料の枯渇後の水野氏が主張する「閉じてゆく帝国」の経済を支えるエネルギー源としては、日本を含む全ての国において、現状に較べて、経済のマイナス成長が強いられる有効エネルギー利用比率の低い再エネ電力を用いざるを得ません。
しかし、一方で、世界の全ての国が、この自国産の再エネのみに依存しなければならなくなる世界では、経済成長のためのエネルギー資源を奪い合う競争が起こらなくなり、平和な世界が期待されます。これが、水野氏の言う、経済成長を競い合う資本主義の終焉後に期待されるエネルギーの「定常状態」と考えることができます。では、この定常状態へどう移行すればよいのでしょうか?それは、世界中の全ての国が協力して、成長を抑制するためのエネルギーを節減することでなければなりません。
先ず、日本の場合について考えると、アベノミクスの成長戦略の放棄が求められます。バブル崩壊後のデフレの解消策としての超金融緩和政策(クロダノミクス)で、物価の2 %上昇を目的とした財政出動によって、世界一の財政赤字を、さらに積み増して、日本経済を破綻の淵に追い込もうとしているアベノミクスの成長戦力を放棄しなければなりません。
もちろん、日本だけが、この成長戦略を放棄して、化石燃料枯渇後の「定常状態」への移行を追求しても、他のエネルギー消費大国が、現状の化石燃料消費を継続すれば、その資源量は少なくなり、その国際市場が高騰しますから、それを使えなくなる人や国が出てきます。結果として、貧富の格差が拡大し、ISによる国際テロ戦争に見られるような世界平和の侵害が加速されることになります。
すなわち、化石燃料の枯渇後の世界経済を支えるエネルギー消費の「定常状態」への移行には、どうしても、世界の全ての国の協力が必要です。では、どうしたらよいのでしょうか?
実は、いま、この世界の、地球上の脅威である地球温暖化を防止するためとしてCO2の排出削減を目的としたパリ協定が、アメリカのトランプ大統領を除く世界各国の合意を得て進められています。しかし、このEUが主導するパリ協定のCO2排出削減が実行されたとしても、地球温暖化が防止できるとの保証はありません。しかも、現状の世界の経済成長の継続を認めたうえで、例えば、化石燃料の燃焼排ガスからCO2を抽出、分離して埋め立てるCCSとよばれる方法の適用でCO2の排出削減を行えば、却って世界の化石燃料消費量を増加させ、化石燃料消費量の配分の不均衡に伴う貧富の格差を拡大させて、世界平和の侵害の危機を増大させます。
これに対して、私どもは、いま、地球上に残された化石燃料を、世界中が協力して、公平に分け合って使う方法として、“世界の全ての国が、今世紀いっぱい、国民一人当たりの化石燃料の年間消費量を、現状(2012年)の世界平均値、1.54 石油換算トン/年に抑える”ことを提案しています。具体的には、“世界各国の一人当たりの化石燃料の消費量の年次変化を示す図2 に見られますように、この目標の達成年を2050年にする”ことです。
この私どもの提案は、世界の化石燃料消費の節減を目的としたものですが、これが実行されれば、今世紀中のCO2の排出総量は2.8兆トンに止まると計算されますから、もし、IPCCの主張する地球温暖化のCO2原因説が正しかったとしても、地球気温の上昇幅は、人類の歴史のなかで何とか耐えることができたとされる2 ℃以下に止めることができます。すなわち、パリ協定の目標を達成することができます。

注; 図中星印は、2050年の目標値として求められる2012年の世界平均の一人当たりの化石燃料消費量の値1.54 石油換算トン/年。ただし、各国の目標値は、それぞれの国の人口の増減に応じた補正を行うものとする。
図 2 各国の一人当たりの化石燃料消費量の年次変化と、私どもが提案する(文献 3 )世界の化石燃料消費の節減目標値(エネ研データ(文献4 )に記載のIEAデータをもとに作成)

いま、地球温暖化対策として、アメリカのトランプ大統領以外の世界各国の合意を得て進められている「パリ協定」のCO2排出削減対策は、世界のCO2排出量の15.8 %(2014年の値)を占める世界第二の排出大国、アメリカの協力が無ければ、その目的の達成は難しいと考えられます。トランプ大統領のパリ協定への反対の理由には、IPCCが訴える地球温暖化のCO2原因説には科学的な根拠が無いとする、いわゆる温暖化への懐疑論がその根底にあります。したがって、「アメリカ第一の一国主義」を唱えるトランプ大統領も、アメリカ経済に負担をかけるだけのCO2の排出削減ではなく、貧富の格差の解消につながる化石燃料消費の節減であれば、協力して貰える余地があるのではないでしょうか?と言うよりも何とか協力して貰いたいものです。
これを言い換えれば、私どもが提案する、「パリ協定のCO2の排出削減を、化石燃料消費の節減に置き換える」ことこそが、先進国の一員として、化石燃料エネルギーの恩恵を受けて経済発展を遂げてきた日本の責務と考えるべきです。もし、この私どもの提案が、
世界各国の協力を得て実行できなければ、いままで、化石燃料のほぼ全量を輸入に依存してきた日本が、化石燃料の枯渇後の「閉じてゆく帝国」のエネルギーの「定常状態」に、スムーズに移行することができなくなります。

 

 ⑥ 補遺:「閉じてゆく帝国」の地域経済圏を支える自給エネルギー源としてのバイオマスのエネルギー利用には、大きな限界があります

水野氏の訴える「閉じてゆく帝国」のエネルギー供給の「定常状態」への移行を阻む第三のハードルとされている地域経済圏の創設に必要な自給エネルギー源の問題について付記します。
それは、一頃、「里山資本主義」として、国内で、大きな話題になった地域エネルギーとしてのバイオマスの利用の問題です。確かに、人類が火を発見して以来、化石燃料が文明社会のエネルギー源として使われるようになるまでのエネルギー源は、木材を主体とするバイオマスでした。しかし、産業革命により、世界人口が急増した地球上で、いまも、バイオマスを民生用のエネルギーの主体として利用しているのは、一人当たりの一次エネルギー消費総量の少ない途上国です。一方、日本を含む先進諸国では、バイオマスエネルギーの一次エネルギー(合計)に占める比率は、せいぜい数 % 程度と推定されます(文献6 )。それは、単位面積当たりのバイオマスの生産量が小さいために、一人当たり民生用以外の一次エネルギー消費量の大きい先進諸国では、全人口のなかで、民生用(家庭用)のエネルギーをバイオマスに依存できる人口が大きく制約されるからです。
国土面積の70 %近くを森林が占める日本は、世界でも有数のバイオマス資源大国と言ってよいでしょう。しかし、その日本では、建設用材や製紙用材などの国内の需要量の7割近くを輸入に依存しています。国内の人件費が高くて、これらの国内の用材の生産を可能とする林業が衰退しているからです。この日本には、国内の用材を100 % 自給できる森林があるのです。したがって、先ず、林業を再生が図られるべきで、これが、日本における地域経済圏の創設を目的とした「里山資本主義」でなければなりません。しかし、この林業生産で生じる林産加工屑や林地残材等の廃棄物をエネルギー利用した場合の化石燃料換算の一次エネルギー消費量は、現状の国内一次エネルギー供給量の僅か1.27 %にしかならないと試算されます(文献7 参照)。すなわち、日本における地域経済圏の自給エネルギーの主体は森林バイオマスではないことが厳しく認識されるべきです。
さらに、問題になるのは、この森林バイオマスを利用した発電事業、バイオマス発電が、「カーボンニュートラルのトリック」を使って、地球温暖化対策のCO2排出削減を目的として進められていることです。このバイオマスのエネルギー利用でのカーボンニュートラルとは、バイオマスは、大気中のCO2を吸収して成長するので、それを燃しても大気中のCO2は増加しないとするものです。しかし、実際のバイオマスのエネルギー利用に際しては、現状では、かなりの量の化石燃料がエネルギー源として消費されるので、CO2の収支についてのカーボンニュートラルは成立しません。すなわち、バイオマスのエネルギー利用の目的は、CO2の排出削減を目的とした地球温暖化対策としてではなく、あくまでも、やがて枯渇する化石燃料の代替てでなければなりません。
しかも、このバイオマス発電には、地球温暖化対策としての再エネ電力生産の事業化を支援するためのFIT制度が適用されますから、本来、用材として使われるべき木材が発電用原料として煙になって消えてゆきます。それどころではありません。国内で供給できない発電原料木材が輸入されています。上記(本稿⑤)したように、輸入化石燃料の代替としてのバイオマスは、国内で自給でき、化石燃料の輸入金額が節減できることで、はじめて、その利用が許されなければなりません。このどう考えても、国益を損なうとしか思えない訳の判らないバイオマス発電事業を林野庁が支援しています(文献 7 )。政治に支配された地球温暖化対策がエネルギー政策に混迷をもたらしている典型例といってよいでしょう。このような科学の不条理を許している日本のエネルギー政策の諮問に預かる専門家と称する先生方の責任を厳しく追及したいと考えます。

 

<引用文献>

1.水野和夫;閉じてゆく帝国と逆説の21世紀、集英社新書、2017年7月30日
2.水野和夫;資本主義の終焉、歴史の危機、集英社新書、2013年
3.久保田 宏、平田賢太郎、松田 智;改訂・増補版 化石燃料の枯渇がもたらす経済成長の終焉――科学技術の視点から、日本経済の生き残りのための正しいエネルギー政策を提言する――電子出版 Amazon Kindle版 2017年2月5日
4.日本エネルギー経済研究所 計量分析ユニット 編;EDMCエネルギー・経済統計要覧2017, 省エネルギーセンター、2017年
5.久保田 宏、松田 智;幻想のバイオ燃料――科学技術的見地から地球環境保全対策を斬る、日刊工業新聞社、20109年
6.久保田 宏、松田 智;幻想のバイオマスエネルギー――科学技術の視点から森林バイオマス利用の在り方を探る、日刊工業新聞社、2010年
7.久保田宏、中村元、松田智;林業の創生と震災からの復興。日本林業調査会、2013年

 

ABOUT THE AUTHER
久保田 宏;東京工業大学名誉教授、1928 年、北海道生まれ、北海道大学工学部応用化学科卒、東京工業大学資源科学研究所教授、資源循環研究施設長を経て、1988年退職、名誉教授。専門は化学工学、化学環境工学。日本水環境学会会長を経て名誉会員。JICA専門家などとして海外技術協力事業に従事、上海同洒大学、哈爾濱工業大学顧問教授他、日中科学技術交流による中国友誼奨章授与。著書(一般技術書)に、「ルブランの末裔」、「選択のエネルギー」、「幻想のバイオ燃料」、「幻想のバイオマスエネルギー」、「脱化石燃料社会」、「原発に依存しないエネルギー政策を創る」、「林業の創生と震災からの復興」他

平田 賢太郎;日本技術士会 中部本部 副本部長、1949年生まれ、群馬県出身。1973年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修士課程修了。三菱油化(現在、三菱化学)株式会社入社、化学反応装置・蒸留塔はじめ単位操作の解析、省資源・省エネルギー解析、プロセス災害防止対応に従事し2011年退職。2003年 技術士(化学部門-化学装置及び設備)登録。

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