エネルギー転換の宗教的背景

ドイツは原子力や化石燃料から、自然エネルギーへの転換に積極的である。その本質は、宗教的に考える必要があると思う。宗教的考察の重要性は、菅元首相も指摘している。

 
大人と子供の最大の違いはなんだろうか? 死を意識するか否かであると思う。大人はどのように自らの死を克服するのか? 宗教はこの問題に対する一つの解答である。人は神(自然)の調和の中に居る時、肉体の死を受け入れる事が出来るようになる。信仰によって死を克服するというアイデアである。
 
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(ヨハネ3:16)」
 
キリスト教の場合、信仰とは具体的に以下のプロセスを経るとされている。これらを経て、永遠の生命に至るのである。それは真の大人になるプロセスでもある。
(1)悔い改め
(2)信仰告白
(3)バプテスマ
 
翻って現代文明を支えているエネルギーについて考えて見よう。20世紀の科学技術の発達は、多くの夢を現実のものとした。しかしながら、それを支えているエネルギーは、石油に代表される化石燃料やウランであり、有限のものであった。
その意味で、20世紀の科学技術文明は子供から青年期にあったと言えよう。21世紀の文明は、なんとか持続可能性を獲得して、真の大人にならなくてはいけない。ドイツのエネルギー転換の本質は「永遠の生命」への挑戦である。
 
彼らはまず謙遜になって、原子力を悔い改めた。人間の創造したものは偶像であり、それを崇拝するのは間違っている。安全神話は偶像崇拝の罪であった。
彼らは自然エネルギーに転換する事を世界に向けて宣言した。そして法律や経済的インセンティブを使って、原子力や化石燃料文明の緩やかな死と、自然エネルギーに立脚した新しい文明としての再生に挑戦している。これは文明におけるバプテスマである。

旧約聖書には、「ノアの洪水」など、神(自然)に従わなかったために滅ぼされる情景がいくつも描かれている。日本のFIT制度に混乱が見られるが、かつて導入された民主主義同様、形だけまねて、その本質が理解されていないからであるように思える。
 
 

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