なぜ再び岐路なのか

現在の世界同時不況はしばしば1930年代の世界恐慌を引き合いにして語られている。各国が輸出超過で自国の経済を豊かにしようとする貿易政策をとった挙げ句、為替の切り下げ競争を演じるに至るというパターンを繰り返しており、奇しくも覇権国家の凋落を背景にしている。
 
この世界的な経済の行き詰まりは、日本列島に生息するホモ・サピエンスが再び岐路に立たされることを予感させる。平成21年度の調査結果(1)によれば、埼玉、千葉、東京、神奈川、滋賀、愛知、沖縄と呼ばれるエリアを除いて、日本列島に生息するホモ・サピエンスの個体群の縮小が確認されている。日本列島のあちらこちらで環境収容力(Carrying Capacity)の制約が顕在化する事態を招いているわけだが、この道はいつか来た道ではないか。
 
顧みれば、1930年頃にも日本列島に生息するホモ・サピエンスの群れは環境収容力の制約に直面していた。イギリスの歴史家アーノルド・トインビーは、1930年頃の日本が立たされた岐路について、次のように記していた。
 
「徳川幕府の倒壊とともに、不自然に凍結していた日本の社会体が融け出し、人口は急に増加しはじめた。・・・西欧化は死亡率を低下させ・・・人口増加をいっそうはなはだしくした。このような情勢のもとで、日本は膨張するか、あるいは破裂するか、どちらかの道をえらばなければならなくなった。実行可能な膨張の方法は、世界の国々を説得して日本と貿易してもらうか、あるいは武力によって余分の領土と資源を、軍事的に弱体であって自己の財産を軍事的に西欧化した日本の侵略から守ることのできない在来の所有者から、奪い取る以外になかった。」(『歴史の研究』長谷川松春(訳)、中央公論社)
 
当時のリーダーたちが1945年8月15日に終わる大規模な侵略戦争の道を選んだことは誰もが伝え聞くところであろう。それでも戦後、石油資源の恩恵に浴することができたことは僥倖であった。日本は復興を遂げることができたばかりか、加工貿易立国として経済大国への道を歩むことができた。経済学者は得意になってデビィッド・リカードの「比較優位」と呼ばれる考え方を紹介して、貿易の自由化を促進して国際分業を発展させることが自国の利益になると説いて回った。そして、かつて生態学的に行き詰まった記憶は忘却の彼方に葬り去られ、人々は繁栄に酔い痴れることができたのだ。
 
リカードの自由貿易論の邦文解説は数多あるが、日本人にとって不幸なことは、環境社会学者ウィリアム・カットンJr.の著書”オーバーシュート”(2)の邦訳がないことだ。しかるに、カットンが自由貿易の効果を環境収容力に下駄を履かせるくらいのことだと考えていたことはほとんど知られていない。なるほど貿易の振興には、食糧自給率やエネルギー自給率の低さを補って、エリア内の自前の資源だけで達成できる人口規模よりも大きな人口規模を可能にする効能がある。問題は、それが永続し得ないということだ。カットンは化石燃料に依存したテクノロジーおよび貿易によって一時的に膨らんでいる環境収容力をPhantom Carrying Capacityと名付けていた。既に日本列島の方々でホモ・サピエンスの個体群が縮小し始めているが、石油文明の享楽的繁栄はphantom(幻)だったということなのかもしれない。
 
ピークオイルを迎えて、またもや私たちは岐路に立つ。石油減耗時代を展望する上で、飢餓に苦しむ北朝鮮と自然農法に立ち返ったキューバがしばしば引き合いに出されるが、海外では戦前の日本の振る舞いも大いに参照されている(3)ということを気に留めるべきだろう。やがて私たちは、否応なしにライフスタイルの変革を迫られるだけではなく、人間性を問われることにもなるだろう。せめて人間としての高潔さを保ち、蛮行に手を染めないで済むようにという理由から、然るべき準備を始めるのも悪くはないだろう。
 
 

参考

(1) 総務省統計局・人口推計(平成21年10月1日現在) http://www.stat.go.jp/data/jinsui/2009np/index.htm

(2) William Catton Jr., “Industrialization: Prelude to Collapse”(Excerpt from “Overshoot: The Ecological Basis of Revolutionary Change”), http://dieoff.org/page15.htm

(3) Jörg Friedrichs , “Peak oil futures: same crisis, different responses”, http://www.energybulletin.net/node/52722

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