エントロピーの眼で文明の生成と衰退を診る

   エントロピーの意味レビュー
「エントロピーの法則—–21世紀文明観の基礎」(著者ジェレミー・リフキン、竹内均訳)という書物(以下、リフキン書)がある。以下は、その法則の本質に係る記述部分である。
熱力学の法則には、第一の法則と第二の法則があり、第一の法則は、「エネルギー保存の法則」のことで、「閉じた空間における物質とエネルギーの総和は一定で、決して創成したり、消滅するようなことはない。また物質が変化するのは、その形態だけで、本質は変わることはない。」
第二の法則、つまり「エントロピーの法則」は、「物質とエネルギーはひとつの方向のみに、すなわち使用可能なものから使用不可能なものへ、あるいは利用可能なものから利用不可能なものへ、あるいは秩序化されたものから、無秩序化されたものへと変化する。地球または宇宙のどこかで、秩序らしきものが創成される場合、周辺環境には、いっそう大きな無秩序が生じる。」そして、わかりやすいことは、閉じた空間で、変化に伴って、状態量のエントロピ-は増大する。
石油文明終焉期、「日本は崖っぷち」と首相が言うするほどに、今年は政治、経済、国際関係、生活のすべての面で、激動の年だと思う。「崖っぷち政府」の政策がTPPに代表される政策なのだから、普遍的なエントロピーの法則の眼で、見ること、考えることが、非常に重要だと思う。

 エントロピー増大則の教えの例

産業社会において、製品は、原料にエネルギーを加えて作られるが、不用品等(エントロピーの高い廃物・廃熱)も、同時に生成される。この関係にエントロピーの特徴を加えて表現しなおすと、「エントロピーが多少ある原料に、エントロピーの低いエネルギーを加えて、エントロピーの低い製品と、エントロピーの高い廃物・廃熱を生成する。製造後のエントロピーの合計は、製造前のそれよりも大きい。」となる。
産業廃棄物による公害、環境汚染は、その最たるもので、製造責任者や、政府は、あまり知られたくないことである。エントロピーの考えが浸透していれば、水俣病問題の解決は早かったはずである。
 物理学教育は、エネルギーとエントロピーは切り離し、しかもエントロピーを非常に分かりにくく教えている。殆どの学生は、エントロピーが解らずに卒業している。
物理教育の構成も、時の経済に支配されてきたと言えよう。
 最近の資源リサイクルも、エントロピーを無視するがゆえのマユツバものである。金属や紙の廃物というエントロピ-の高いものを集めて、もとの金属や紙を再生するには、多量のエネルギーを必要とし、もっとエントロピーの高い廃物が生じ、環境の汚染・破壊に繋がる。実際、リサイクル工場では、大量の廃物とCO2の処理に苦労している。
1回程度のサイクルはともかく、エンドレスなリサイクルは、廃棄物処理でも、経済的にも、事実上継続不可能である。リサイクルは、循環型社会の担い手にならない。それは、リユース・リデュースであり、さらに自然に負荷を強いないように自然を利用する、共生生活にある。
文明の形成・発展・延命も、エントロピー法則で理解される。
古来から文明は、周辺農村の余剰食糧が基になって都市が生まれ、形成される。しかし、文明の発展期には、都市は栄えるものの、周辺農村は、都市の収奪・支配を受け、貧しくなり、衰退する。文明が成熟し、延命を図ろうとするほど、都市は成長するが、収奪・支配を受ける農村エリアは広がる。リフキン書からの引用「秩序らしきものが創成される場合、周辺環境には、いっそう大きな無秩序が生じる。」が、見事に当てはまる。
今日の日本は、石油文明の延命期にある。その中心都市が「東京文明」として一極化され、それを支える農村=文明のエネルギー供給(食料・資源調達)が国際化してしまった。
IEAが石油ピークを公認して5年、世界の現代文明の衰退の先を行くかのように、その東京文明は内部崩壊を始めている。経済のGDP成長の縮減だけなら打つ手があろうが、社会秩序が崩壊に向かっている。頼りの大企業の海外移転、財政・農政の失敗、格差拡大、少子高齢化対応策の失敗、国際的地位・競争力の低下、無縁・孤独・生活保護世帯の急増・自殺・犯罪急増、就職率・留学率低下など、枚挙にこと欠かない。エントロピーが噴出してきた様相である。
エントロピーは悪魔の法則? 閻魔の法則?

エントロピーの法則は、リフキン書の内容から、「宇宙、地球、人類は死滅に向かう」という恐ろしい悪魔の法則のように映る。「我々がいくら努力しても虚しいだけか」と、思いたくなる。
 しかし、宇宙、地球、人類では空間の広さ、時間の流れが全く違うので、エントロピー増大のスピードが違う。そして人類と地球、地球と宇宙は、開放系として繋がっており、ここに、悪魔の支配を免れる道がある。人類が増大させたエントロピーの多くの部分を、地球に、さらに宇宙に、自然の循環で円満に改質・排出することができる。円満に改質・排出できないのは、有機塩素化合物、放射能だといわれている。
 人類社会の経済的活動が自然の循環と対立すれば、地球を一方的に支配しようとすれば、エントロピー増大の一途で、行き着く先は文明崩壊である。それは古代からの文明の盛衰が教えるところである。
自然との循環の中に経済活動を位置づける、自然と開放系で繋がる人類社会でなければ、永続的な循環型社会になり得ない。
 縄文文化、江戸文明は、世界でもまれに見る永続的な文明だといわれている。縄文人は、農耕と牧畜を回避し、穀樹栽培と限りない雑食でもって、生活文化を発展させたという。食の多様性と生物多様性、そして、自然の恵みを、生きるがために守り続けた。
江戸文明は、特異は米本位制を維持するためにも、雑穀、芋、救荒作物と食料の多様化を進めた。
お陰で、日本の文明は、新石器時代以来、基本的に崩壊しなかったと、考える。
 石油文明終焉の今日、世界と日本の文明はどうなるだろうか・・・・。現在の経済社会は、自然に対して、余りにも身勝手なのではなかろうか。

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